母親に叱られた幼児のように、上目遣いで看護婦が歩き去るのを見届けた。
(今の看護婦さんは、私の事を非常識な人間だと思ったに違いない。そう思うのも道理だわ。彼女の人生は、頑丈なコンクリートの橋を渡っているようなもの。堅実で危なげがない生き方をしている人に、明日をも知れない人間の心情が理解できるはずがない。どれ程の葛藤を経てこの場にいるか、わかってもらおうとも思わない)。ざわめく感情を、あわてて胸にしまい込んだ。(愚痴なんか言ったら子供に迷惑だわ。親の人生の後始末をさせられるのは、自分ひとりで沢山よ)。そっと、腹部に手を当てた。
「ええっ! 三十九! 三十九歳なんですか?」
「はい」
「それで初産、本当なんですね?」
問診票に目を通した看護婦は、再び目をむいた。そこには、女としての無垢過ぎるキャリアが語られてあった。ベテラン看護婦の頭には、諸々の危険因子が想起されたに違いなかった。
「はい、本当です」
「高齢出産なのに病院にも来ないで、随分と落ち着いていますね」
「そんな事もないんですけど…。リスクを考えてこちらにお世話になる事にしました。何としても無事に生まなければなりませんから」
看護婦の表情が柔らかく変わった。
「大丈夫ですよ。こちらも最善を尽くしますからね」
「はい。よろしくお願いします」
「では、お名前が呼ばれるまで待っていてください。気分が悪くなったら、すぐに看護婦を呼んでください」
「わかりました。でも、大丈夫です」