(大分、元気が出たみたいだわ。恥は一時っていうじゃないの。小谷野の鬱病を心配しているより、嫌味を我慢する方がよっぽどましだわ)。一人、覚悟の臍を固めた。小谷野とのここに至るまでの経験によって、人がヒーローやヒロインの自由奔放で破天荒な生き方に憧れを抱いたり、喝采を送ったりするのは、あくまでも小説やドラマといった虚構の世界、他人事の場合であって、ひとたび身内に現実の問題として降りかかるや、あからさまな拒絶反応を示し、当人の人格さえも否定しがちであるという事実を、骨の髄まで思い知らされていた。建前と本音の乖離である。たたけばホコリの出る者同士がそれでも結び付こうとする時、人はそこに肉欲の香りを嗅ぎ取るもののようであった。母と姉の眼差しの奥に、自分という人間を雌として捉え、蔑みの色さえ漂っているように感じられてならなかった。(前の結婚もそうだけど、私は性に踊らされる人間ではないと思う。小谷野との関係だって、本流は魂の結合だもの。肉体の合一は、言ってみれば副産物のようなものだわ。自らに恥じるところはないんだから、誰にどう思われても一向に構わない)。過去の人間関係にしがみ付いたり、自分を曲げてまで歩み寄ろうとはしなかった。勢い、去って行く人も多かった。母と姉との関係も例外ではなく、元に戻る事はないだろうと達観していた。金銭に絡む願い事などできるはずもなく、また生命ある限りするつもりもなかった。しかし、生きる糧を他に見出す才覚はなく、この度ばかりはプライドのすべてをかなぐり捨ててかかるしかなかった。 数日後の昼休み、大手町のイタリアンレストランで、姉からの小言の銃弾を浴びつつ、じっと耐えていた。「店をやるって言い出した時、お母さんがどれ程心配したと思っているの。素人が店なんかやって上手くいくわけがない、しかもあんな辺鄙な場所でやるなんてどうかしているって頭を抱えていたのよ。色ボケなのよ、アンタは」「すみません」