御方様の今では耳慣れない言い回しが面白かったとみえ、仲居さんは笑いながら出て行った。
「御方様、とりあえず着替えませんか。デパートに寄ってスウェットを買ってきました。長帳場になりますからね。そんなこんなで、お待たせしちゃってすみませんでした」
「おう、これは有り難いね。トーホーもね、着替えをどうしようかって考えたんだけど、面倒臭くなって何にも持ってこなかったんだよ。散財させて悪かったね」
「とんでもありません。お宿代をご好意に甘えてしまって、心苦しい限りなんです。本当に申し訳ありません」
「いいんだよ、そんな事は。金なんて、こういう時のために使うものだ。この齢になれば、食べたってタカが知れているし、金の使い道がないっていうのも寂しいもんなんだよ」
「そう言っていただけると助かります。何しろ、出て行くばっかりで、あきれるくらいです」
「当り前だよ。所帯を張った上に子供が大学生とあっては、金が楽なわけがないよ。よし、着替えるとするか」
「はい、そうしましょう」
二十余年の時を埋める舞台がようやくにして整った。お茶を入れ替え、ゆっくりと味わった。たったそれだけの事なのに、日頃の疲れが癒される思いであった。同時に、文字通り針のムシロに座らされていた過去のその時が思い出され、必死で愛を貫こうとしていた若き日の自分の姿がいじらしく回顧されるのであった。
「お茶のお味は、いかがですか」
「いいお服加減だよ。暑い盛りのお茶ほど美味しいものはないからね。一人だとお茶を飲んでも味気ないけど、今日はしみじみと美味しいね」
「本当に、この香りだけで命の洗濯をした思いです。御方様のお陰です」
「なんの、これしきだよ。ウーちゃんは未来をしょって立つ若者を育てているんだから、大手を振って年寄りの好意に甘えればいいんだよ。金を吐き出すのは年寄りの役目なんだからね」