第8章 香 華 (1) | 3.5次元の不倫

3.5次元の不倫

この本は恋愛と人生についての小説ですが、
ひきつづき児童書(英語の対訳付)を書きました。
おたのしみに!

第8章 香   華

 <旅籠 堀川>は、剪定の行き届いた古木に守られるようにして、昔日のままの趣でそこにあった。玄関先の水瓶に咲く睡蓮の花に吸い寄せられるように目が止まり、足を止めた。純白の花弁の中に、若き日の御方様と自分の影を見た。

(睡蓮の花とは、また何て象徴的なんだろう。あの時、御方様が言ってくれたっけ。泥田に咲くのは蓮の花、けもの道にだってきっと花が咲くよって。残念ながら、いまだに鳴かず飛ばずだけど、ここまで死に物狂いで生きてきたから、お疲れ様って労ってくれているのかもしれない)。

ぬかるみを こけつまろびつ 歩む身を

褒めんとぞ咲く 睡蓮清し

素早く手帳に書き留めた。(さあ、いよいよだわ)。深く息を吸い込むと、思い切って玄関の戸を開けた。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは。桂木で予約してあると思うんですが、連れの小谷野といいます」

「はい、承っております。桂木様は先にお着きでございます」

「えっ、もう来ているんですか。いやだ、どうしよう。買い物なんかしていなければよかったわ」

「大丈夫ですよ。たった今しがたお着きになったばかりですから」

「そうですか、良かった。それにしても、見事な朝顔ですね。外の睡蓮といい、こちらは相変わらず季節感に溢れていますね」

「ありがとうございます。あのう、お客様は以前にもお越しいただいた事があるんですか」

「ええ、もう二十年以上も前の話です。昔と変わっていないので驚きました。本当に、風情のあるお宿ですね。ホッとします」