厳父は天を仰いた。
(やっぱりね。それでいいのよ)。恐らくそうするだろうと薄々、察しはつけていたものの、小谷野の英断には改めて拍手喝采を送りたいほど誇らしかった。
「驚きました。二人で営々と築いてきたものを全部捨てるとは、君は恐ろしく潔いね。なかなかできる事ではないよ。本当に全部だね」
「親権も含めて全部です。すべてを子供達に与えます。マンションの方は、もちろんローンが残っていますが、恐らくかなりの高額で売却できると思います。そのあたりの事は、不動産会社に聞いて裏を取ってあります」
「そこまで覚悟を決められたら、これ以上言う事はない。娘にもプライドがあるし、ここまで亀裂が入ってしまった夫婦関係を修復しようとは考えてもいませんから、今の条件で離婚の手続きをしましょう。以降の事は長男に任せますから、連絡を取り合って下さい。これが息子の電話番号です」
「わかりました。虫のいいお願いですが、留守宅の今後をくれぐれも宜しくお願いします。長いあいだ、お世話になりました」
「こちらこそ、お世話になった。色々と勘弁して下さい。小谷野君、良い人を見つけましたね。卯月さん、お会いできてよかったと思っています。失礼しました」
私は、ただ深々と頭を下げた。厳父は一礼して、静かに去って行った。