一人の男との一夜の語らいによって、青春のエネルギーの全てを賭けて築き上げたもの、守り抜いて来たものの中に、ほとんど価値を見出せなくなっている現実を痛切に思い知らされたのだった。
翌朝、夢遊病者のようになって、会社の門をくぐった。顔を合わせるのが死ぬほど恥ずかしく、息苦しさに何度も大きく深呼吸をした。一礼して席に着くと、書類を見ている姿を素早く視線の端に摑まえた。(ワイシャツが新しい。無事に帰れたんだわ。良かった)。
「おはよう」
その声に動悸が逆巻き、席を立つ気配が身体を硬直させた。その場にいるのがやっとの思いだった。
「会議に行ってきます。先生方から電話があったら、全部回して下さいね」
素早い動作で紙切れを握らせた。デスクの下でそっと広げた紙面には、筆で書かれた達筆な文字が踊っていた。
朝露の 光のごとき 君なりき
ありがとう マリア
(このままで終わるはずがない。この先、一体どうなって行くんだろう)。
恐怖にも似た衝撃が身体を駆け抜けて行った。