<一人で生きているみたいだ>と言われた途端、心の中を矢で射抜かれたような痛みが走り、滲む涙が視界を曇らせた。気付かれないように下を向いて、そっと指でぬぐった。小谷野課長は、そ知らぬ振りをして、黙って飲んでいた。
(私はこれまで、女だてらに矢面に立って生きて来た。子供時代は、とっくに崩壊している両親の仲を取り持つことに意識を奪われていたし、家から逃れたいばかりに早々と結婚をして、今度は自分より学歴も収入も低い相手を懸命にかばってきた。本当は大きな愛で包まれたかったのに。そう、貴方のおっしゃる通りです)。
「見抜かれていたんですね。女性経験の豊富な方にはかないませんね」
「いや、僕は女性と適当に遊んだ過去はないんですよ。ある意味で貴女と同じでね、相手には悪いけど、現状から逃げ出したい思いが強くて、結婚に逃げ込んでしまったようなところがある。若い男というものは往々にして女性を心で捉えずに、肉体と可愛らしさで捉えてしまうものなんですよ。女性の肉体が醸し出す魔力が幸せな未来、永遠の愛を錯覚させてしまう。自分の中に浮かんで来る相手の魅力に翳りが見えてきて初めて正気に戻るんです。でも、その時には諸々の束縛を纏っているから身動きが取れない。もつれた関係の元凶は、貧しさかもしれないですね」
「そうかもしれませんね。私は育った家庭が堅苦しくて、ボーイフレンドなんていうしゃれた存在もなかったので、男というものに免疫がなかったんですよ。だから、本来ならば友達で終わるべき人と大真面目に結婚したんです。しかしですよ、こう見えても多少の持ち駒はあるんですから、かさかさした女みたいな言い方はしないで下さい。見くびっていただいては困ります」
「知っていますよ。貴女が反オコリンボ軍団のマドンナである事くらいはね。有名な話ですからね。しかし、それとても恐らくは不毛の関係なんだろうな」