「その辺りの事を奥様に打ち明けてみた事はなかったんですか。共稼ぎなんだから、少なくとも他の人よりは自由な生き方ができるはずじゃないですか」
「何も話していませんね。彼女は沢山の物を手に入れて今の生活に充足感を抱いている。話す余地は全くないし、第一ね、子供がいる共稼ぎの夫婦にはね、哲学も思索も無縁です。会話は連絡事項に終始している。とっくの昔からそんな状態なんですよ」
「そうでしたか。意外でしたけど、どこの家庭も実態は似たようなものかもしれませんね」
(私もそんなようなものです)。頭をよぎった言葉を急いで呑み込んだ。たとえその言葉がセピア色に褪せてしまっていたとしても、周囲に対して全力で作り上げてきたDINKSという生き方にがんじがらめになっていたのだった。しかし、しばしの沈黙の後、
「貴女はどうですか」
問われた時、頑なだった心が激しく揺らいだ。
(敵意を抱いていたこの私に、無防備に、腹蔵なくプライバシーを曝け出すなんて驚いたわ。彼は策士なんかじゃない。話してみなければわからないものね。こんなに潔い人に対して、自分だけが虚像でいる訳にはいかない。打ち明けるなら今、この人しかいない)。
「波風も立たず、淡々としたものです。彼とは最初から、見ている世界が違っていたのかもしれません。重なり合う部分が少なくなる一方なんです」
「見ている景色が違ってきた、そういう事ですかね」
「ええ。私、オコリンボに出て行けがしの事を言われながら必死で会社にかじりついている自分が惨めでどうにもならなかった時期があるんです。その時に、人の紹介で白川紫水っていうちょっと名の知れた占い師のところに行ったんです」
「ほう。貴女が占いとはね。よっぽど悩んだ挙句の事でしょう」