第3章 安田講堂 (6) | 3.5次元の不倫

3.5次元の不倫

この本は恋愛と人生についての小説ですが、
ひきつづき児童書(英語の対訳付)を書きました。
おたのしみに!

「本当だ。僕達が経験してきたあの事、この事がこれから彼の身に降りかかるのかと考えると空恐ろしい気がするよ。これから彼と正面切って、冷静に向き合って行くために、若かった時代の生き様を振り返って、覚悟を固める時が来たのかもしれない。親としての第二ステージということだ。」

「そうね。若かった頃の私は享楽的で、刹那主義で褒められたもんじゃないけど、貴方は実にまともだったわよ。傍で見ていて疲れるくらいに、全力で生きていた。この人、悩みがないのかしらって思うくらいにね」

「人生は悩むものじゃなくて生きるものだって割り切っていたからね。壊れた家庭に生まれたから、築くのに夢中だった。若かったからガムシャラに生きていたけど、忙しかったなあ…」

生い立ちを聞かされた時、もしかすると小谷野は、亡き父が自分の存在を忘れて欲しくないという強い念に操られて、目の前に遣わした男ではないかと、大真面目に考えた。二人の生育履歴はそれほど酷似していた。

物心ついた時、小谷野の家はすでに瀕死状態だった。父親は九人の子供を残し、胃癌であっさりと人生の幕を引いてしまった。借地権の裁判に負け、再起不能に陥り、酒をあおっての犬死に近い死だったという。当然の帰結として、赤貧状態となった。

過酷な現実が肩に重過ぎたのか、学業優秀だった兄二人は、自殺に近い黄変死をとげ、一番下の弟は日本脳炎の後遺症で左半身麻痺の障害者となった。