ほんの1年前くらいまでは。
息が切れて「はあ、はあ、ぜい、ぜい」と言っていること、
スケジュールがいっぱいに詰まって、
いつも「時間が足りない」と感じていること。
誰かに「最近忙しいの?」と聞かれたら、
「忙しいどころじゃないです、このままじゃ死にますよ」
と冗談交じりに答えること。
それが(しょーじき)心地よかった。
「がんばっているぜ、俺」的なアピール、
「活躍してますよー」っていうアピール、
「必要とされていますよ」っていうアピール。
そんな意味がその答えに含まれていました。
・・・
その一連の忙しさ(多忙なのは事実でした)が終わる頃、
出張先で鏡の前に立った自分が、
あまりに「痩せこけて」いたのに驚きました。
スマートではなく、「やつれ」です(笑)。
驚いた自分に驚いたのですが(笑)、
そこそこショックだったわけです。
・・・
わたしは、うんざりました。
その「息切れ感」に。
これもまた観念からくる、
おなじみのひとりずもうなわけで。
充分その仕組みが分かっていたのですが、
それでも、そこまで自分を犠牲にする体験を愛していたとは(笑)、
鏡に映ったカラダを見るまで、気づきませんでした。
・・・
「今、自分を許すとき」だ、と思いました。
それはインスピレーションでした。
ゆるむこと
ゆっくりすすむこと
ほどよい手抜きをすること
結果を出さないこと
期限を決めないこと
それを許すことにしました。
自分に。
・・・
許すとなにがやってきたか。
それは「静けさ」でした。
「静けさ」はいま・ここで大きく拡大しています。
状況がどう見えようとも・・。
なにも悪いことは起きていないし、
なにも罪は犯していないし。
誰もわたしを責めていないし、
誰の期待も寄せられていない。
あれほど「息切れ」していたわたしは、
エゴ的な観念とひとつになって、
自分を許さなかった
だけだったと分かりました。
・失敗していてはいけない
・遅れてはいけない
・弱音を吐いてはいけない
・倒れてはいけない
・やめてはいけない
・変えてはいけない
その強い強い思い込みを使って、
あるがままの自分を削っていたわけです。
そりゃあ、「痩せこけ」ますよね(笑)。
・・・
自分を許す。
『許す』。
この『許す』という言葉が、
いま、「静けさ」への入口となっています。
・・・
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↓これを読めばもう大丈夫。
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みなさん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
・・・
昨日のこと。
ある方が私の意見に対し、
「あなたの意見は非常にあいまいですよ」
「それでは私たちが困るんです」
と言いました。
それはとてもストレートでブレのないチカラを持った発言でした。
おなじみのエゴちゃんは(笑)、
さあ、出番がきたぞとばかりに、
アマタでこんなおしゃべりを始めます。
お前のいうことはいつもあいまいだ。
はっきりしろ。
中途半端に決められたら他人に迷惑をかけるんだぞ。
配慮がたりないな、お前は。
自分が楽することばっかり考えてるから、
あの人が嫌な思いをしたんだよ。
と役割通りの反応をしてくれました。
わたしはその反応を観察しながら、
たんたんと、
その人とのコミュニケーションを続けることができました。
しかし今朝おきたときや、
歯を磨いているとき、
まだ、そのことがアタマをよぎるのです。
ただ、アマタをよぎる様子を観察していると、
自分にとって、あいまいさってなんだ?
というクエスチョンが生じました。
そのことを洞察したいと感じたので、
あいまいさ について観念を探しました
・・
あいまいなことは悪いことである
なぜなら、はっきりしないのは逃げていることだから
あいまいなことはずるいことである
なぜなら、正面衝突を避けるのは卑怯だから
そして、正面衝突をさけることは弱虫がやることである
あいまい=悪い
あいまい=ずるい
この定義は、かなり強いチカラを持っていたようです。
あいまいってことは、
私にとってどんな意味なのでしょうか?
AでもBでなく、Cにしておくが、
Aの意味もBの意味もちらつかせている判断
ということが見つかりました。
・・・
で、ここからがとても大切なポイントなのですが。
その「あいまい」という言葉の定義を
上述のように定義しているのは、
わたしが、ただ、ひとりだけで、勝手に定義していること
なのです。
出ました!ひとりずもう(笑)。
そもそも「あいまい」という言葉の定義すら、
どこにも正解などありません。
それなのに、
自分で作った定義によって、
自分を卑下したり、傷つけたりしてきたのです。
今回もそのレッスンだったわけですが・・
これまでのレッスンの続きではなく、
いま・ここで起きていることがすべてだと理解すると、
新しい発見が生まれたのです!
・・・
わたしは、
わたしが“好きに自由に”定義した「あいまい」を体験しました。
純粋に、100%。
わたしは、
わたしが“好きに自由に”定義した「あいまい」という基準にある意見を主張し、
「それじゃあ困るよ」と他者に言われる、という体験をしました。
純粋に、100%。
わたしは、
わたしが“好きに自由に”定義した「あいまい」という基準にある意見を発言することを体験しました。
純粋に、100%。
“好きに自由に”定義した「あいまいさ」の体験
ここが新たな気づきだったのです。
誰からもこの定義を持つことを強制されてはいません。
誰かに脅かされてその定義を持っていたわけでもありません。
・・・
何が言いたいかといいますと(笑)、
純粋な体験だけが、ここにある
ということです。
その純粋な体験は
自分で好きに自由に選んだ定義によって、
味わいが決まります。
自分で調理した、自分だけの味わいです。
ですから、反省など不要です。
失敗などありません。
分析も不要です。
ただ、味わうだけ。
(※観察する、と同じ意味です)
それが自然な豊かさなのだと、
大いなるわたしが教えてくれました。
・・・
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・・・
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それはとてもストレートでブレのないチカラを持った発言でした。
おなじみのエゴちゃんは(笑)、
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お前のいうことはいつもあいまいだ。
はっきりしろ。
中途半端に決められたら他人に迷惑をかけるんだぞ。
配慮がたりないな、お前は。
自分が楽することばっかり考えてるから、
あの人が嫌な思いをしたんだよ。
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たんたんと、
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しかし今朝おきたときや、
歯を磨いているとき、
まだ、そのことがアタマをよぎるのです。
ただ、アマタをよぎる様子を観察していると、
自分にとって、あいまいさってなんだ?
というクエスチョンが生じました。
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・・
あいまいなことは悪いことである
なぜなら、はっきりしないのは逃げていることだから
あいまいなことはずるいことである
なぜなら、正面衝突を避けるのは卑怯だから
そして、正面衝突をさけることは弱虫がやることである
あいまい=悪い
あいまい=ずるい
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あいまいってことは、
私にとってどんな意味なのでしょうか?
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上述のように定義しているのは、
わたしが、ただ、ひとりだけで、勝手に定義していること
なのです。
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どこにも正解などありません。
それなのに、
自分で作った定義によって、
自分を卑下したり、傷つけたりしてきたのです。
今回もそのレッスンだったわけですが・・
これまでのレッスンの続きではなく、
いま・ここで起きていることがすべてだと理解すると、
新しい発見が生まれたのです!
・・・
わたしは、
わたしが“好きに自由に”定義した「あいまい」を体験しました。
純粋に、100%。
わたしは、
わたしが“好きに自由に”定義した「あいまい」という基準にある意見を主張し、
「それじゃあ困るよ」と他者に言われる、という体験をしました。
純粋に、100%。
わたしは、
わたしが“好きに自由に”定義した「あいまい」という基準にある意見を発言することを体験しました。
純粋に、100%。
“好きに自由に”定義した「あいまいさ」の体験
ここが新たな気づきだったのです。
誰からもこの定義を持つことを強制されてはいません。
誰かに脅かされてその定義を持っていたわけでもありません。
・・・
何が言いたいかといいますと(笑)、
純粋な体験だけが、ここにある
ということです。
その純粋な体験は
自分で好きに自由に選んだ定義によって、
味わいが決まります。
自分で調理した、自分だけの味わいです。
ですから、反省など不要です。
失敗などありません。
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みなさん、秋の風が心地良い日ですね!
・・・
朝、目が覚めて、
思考がおしゃべりを始めました。
エゴ的反応のネガティブな思考です。
エゴちゃんは朝から活発にワイワイ言っています(笑)。
おそらく・・
昨夜大好きなウィスキーを堪能したお陰か、
アルコールの影響で
エゴとの距離が縮まっていたのでしょう。。
さて、どうしましょう。
この「エゴ的思考」。
ああ、そうだ、あの方法を使おう!
と思い立ち、
エゴのおしゃべりを、書き留めることにしました。
これ、すご~くオススメのツールです。
エゴのおしゃべりはこんなことを
言っています。
電話、電話だよ。
○○業者への電話。
掛ける約束守れよ、早くしろよ。
めんどくさがって、お前冷たい人間だな。
いやだよ。いやだよ。今日は休みなんだもん。
なんでせっかくの休みに○○のことと
かかわんなきゃなんねーんだよ。
めんどくせー。ふざけんな
いやだいやだああいやだ。
という感じ。
ここまで書いて、
仕上げは次の質問を自分に投げかけます。
いやだいやだと感じているのは「誰」ですか?
(誰?)
(誰だ?)
(うん、わかった)
エゴが反応していて、それを味わっているのは大いなるわたしです。
という回答が見つかりました。
すると、
おしゃべりが終わりを迎え、
頭の中のノイズがピタリと止みました。
もう、頭も心も動じていません。
いま・ここにあります。
すると、
私は迷いなくさっと電話を取り、
その「嫌な電話」という行動にスムーズに入ることができました。
電話のやり取りは、
想定通り、相手から好ましくない話を聴く、
ということになったのですが、
まったく不快さを感じませんでした。
おめでとう、わたし。
よくこのレッスンをクリアしましたね(笑)。
窓を開けると、ほどよい青空と白い雲。
秋の風のいい香りが入ってきて、ワクワクしてきました。
素敵な一日になることでしょう。。
・・・
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