自分を許し本当の自分へ帰るためのメンタルサポーター「ひろいさとる」が本当の自分に帰るプロセス -29ページ目

自分を許し本当の自分へ帰るためのメンタルサポーター「ひろいさとる」が本当の自分に帰るプロセス

メンタルサポーター、ひろいさとるが、自らが本当の自分へ帰っていくプロセスを赤裸々に語っています。
また、クライエントやサポーターの皆さんとのQ&Aをここで共有することもあります。

(1)に続きます。。

・・・

メール講座の1回目でも書いていますが、

現実はすべて自分の内側が創っています。


100%です。


徹底的に内側が先です。


なので、


ひとのせいにはできない



という真実があります。


そういう在り方を
トレーニングしながら生きているからでしょうか。


先日徹底的に「外側のせい」にする方と出会いました。


感覚的に書きますが、

まあ、とにかく、すごい(笑)。


完全に、
エゴとぴったりひとつになっていて、
通じ合うことはできませんでした。


新鮮な体験でした。


相手にとって、
わたしはそこにいないと同然で、
一度も目があわず、
その方は、その方のエゴ的思考の世界で、
ただただひとり、孤立していました。


わたしに傷つけられ、ひどい思いにさせられた、
と、解釈しているかもしれません。


このギャップ。

これほどのギャップ。


初めての体験でした。


・・・・


わたしのエゴはその方の在り方を否定します。


ふざけんな、てめえ。
お前がぜんぶ悪いんだよ。
手を焼かせんじゃねえ。
ろくな人間じゃねえな、お前は。



そんな反応を観察していました。


エゴに翻弄されるとしたら、
わたしはその相手をいかに裁き、
打ちのめすための作戦を練るでしょう。


なにより「ソイツ」が許せず、
「ソイツ」は自分の敵になるでしょう。


でも、そうしないことを選びます。


戦わないほうを選びます。


なぜなら、


苦しみに飽きたから(笑)。



です。


楽なのがいいから。


そうすると、前号と同じく、


「許す」ことが役立ちます。


1. 人のせいにする相手を許し、
2. 人のせいにする相手を裁くわたしのエゴ的反応を許す。


という2ステップです。


そして、
その人を目の前に出現させたのは、
わたしの内側なのですから(笑)。


いさぎよく
降参、します。。(笑)。


↓これを読めばもう大丈夫。

○ひろいさとるの無料メール講座
「こころのチカラの使い方」はこちらへどうぞ。

12月になりました。

朝の散歩で紅葉を見ながら、

自分の内側にある、

うっすらとした不快感を観察していました。


ひとつは、
ある人へ怖れを抱き、
その人とのコミュニケーションを嫌がっている、
エゴの反応だと気づき、

もうひとつは、
ある目的を達成するために期待された役割に対して、
うまくできない、
失敗して責められるに違いない、
というエゴの反応だと気づき、

もうひとつは、
飲まなければきっと体調が良くなると知りながら、
やはり「欲」を選択し、
大好きなアルコールを昨夜堪能したことへの
罪悪感という(笑)、エゴの反応だと気づきました。


もちろん、おなじみの「ひとりずもう」です。


この複合的な不快感が教えてくれたのは、
外側の状況には、「限界がある」ということ。


わたしがどんなに必死になっても、
わたしのアタマで期待している通りに、
状況が変わることはない、かもしれない、ということ。


そのまったくどうなるか分からない、
という事実に対し、

こうでなければならない


と決め付けているのは、
わたしのエゴであり、
そのことで不快感という苦しみをつくっています。


許せば、いいのに。

わからない、ということを。


許せば、いいのに。

うまくいかない、ことを。


許せば、いいのに。

誰かが自分に非難を向けてくることを。


そうであってはならない、
と決め付けるのではなくて。

許せば、いいのに。


・・・

この内的なやりとりは、
あえて過去を参考にしてみると、
何千回もやってきたやり取りです。


しかし、いまの不快感は、
いまにあるわけで。


これまでのどれとも違います。


で、やはり、ここで、
この不快感を手放すために、
することはただひとつ、

その感情をあるがままに認める。


ということだ気づきました。


認める、ために、


「許す」。



許す、ということで、
救われます。


救われるとは、
ただたんに、楽になる、ということ。


軽いこころに変わるということ。


そして、その軽さをすぐに手放す(笑)。


そうしたら、もっと楽になりました。


なるほど、と思います。


軽さを握り、
掴んで、
軽くなきゃだめだ、
と認識したとたん、
重くなるわけで(笑)。


・・・

許すこと。


あるがままに認めること。


その効力、その魅力、その素晴らしさを味わうために、

限界と思えてしょうがない状況があるのでしょう。


↓これを読めばもう大丈夫。

○ひろいさとるの無料メール講座
「こころのチカラの使い方」はこちらへどうぞ。











11月が終わろうとしています。

はやい。

時が飛ぶようにすぎる。


わたしは「はやい」と感じていますが、
なにと比べて「はやい」のかなあ。


そうね、子どものときと比べて、
はやい、と感じているのだと思います。


比べるから、はやさ、が出るわけですが、
なにとも比べなければ、いま・ここがあるだけですね。

1年すぎるのがあっという間だ。

なんて、騒ぎ立てる心もなくなりました。

そんなふうに、
どんどん自分がシンプルになり、
穏やかで、静かになっていきます。

・・・

それとは対照的に、
目に映る日々の社会人としての光景は、
騒がしく、めまぐるしいものです。

その、
騒がしく、めまぐるしい出来事を、
映画のように客観的に観察しながら、
こころのチカラの使い方を向上させる毎日です。

自分自身がその映画の登場人物でありながら、
その役を演じている自分が、
本当の自分ではない、と気づいています。


役割との間にある空間(スペース)。



このスペースをいかに心地よく保てるか。


そのために、気づく、観察する、手放す、
の3ステップがあります。

それさえマスターすれば、
苦しみの中に溺れることは二度とないでしょう。


そう、確信しています。


↓これを読めばもう大丈夫。

○ひろいさとるの無料メール講座
「こころのチカラの使い方」はこちらへどうぞ。