・・いつもありがとうございます。
・・まだ続きますよ~
なんで、「進化」なのか。
そんなの自分と無関係な気がしていても、
それでもいま、「進化」ができる日なのです。
今日がその日。
いま、がそのときです。
意識が進化すること。
新しい意識を持ち、
これまでの「限界」を超えること。
それができます。
わたしのようないち市民、いつ労働者が、
なんら大それた形をとらずとも、
それができるのです。
そして意識の「進化」は、
あなたの「在り方」を変えます。
あなたの「在り方」を本質へ戻します。
もともとそうであった場へ帰してくれます。
おかえりなさい、という感じ(笑)。
そして、そこから新しい展開が、
やっぱり始まるわけですよ。
それがこの混迷の時代を、
最高に楽しむ在り方だと、私は感じます。
・・・
これまで精神世界のことを、
さんざん学んできたけれど、
人生がぜんぜん好転しない、と。
葛藤している人も多いでしょう。
なぜでしょう。
なぜあんなに沢山読んだ本や、
高額なセミナーが、
人生に安らぎをもたらしてくれなかったのでしょうか。
雲と空の観点から、紐解きます。
(その1~その4もお読みくださいね)
自分の人生を好転させたい欲求から、
精神世界の知識を沢山吸収したり、
セミナー等で学んだメソッドを実践したが、
期待通りの効果がない!
そういう反応はエゴがしていることです。
エゴはあらゆる固定観念の集合体で、
欲をベースにした観念が、
そのエゴの領域にたっぷりしまってあります。
そこが反応しています。
それはつかみどころのない、
移ろいゆく雲のようなもの。
まったく、あてになりません。
そういう方はおそらく、
セミナーや本で得た知識を、
エゴの観念構造にぽ~んと投げてしまいこみ、
学んだから大丈夫、と信じたのではないでしょうか。
知っているから、大丈夫、と。
あてにならない雲をあてにしても、
つねに期待通りにはなりません。
それを確かめるには、
今日の昼下がりに空を眺めたら、
すぐに納得することでしょう。
さて、
ここからが大事。
セミナーや本などで、
こころに響く言葉や、
「これはきっと真実だ」と確信できる知恵に出会ったとき、
あなたはそれをあらたな固定観念として、
エゴの領域にしまうのではなく、
次の2つのことをしなくてはなりません。
1.真実は空(=空間)に置いておくこと
2.その真実を身体で実践すること
この2つです。
~つづく~
・・つづきます。
この混迷の時代にあって、
これまでの自分になにかしらの狭さ、窮屈さを感じ、
新しい種類の意識を持ちたいと思う人は、
これまで「自分」だと信じていたものが、
実は!本当の自分ではなかったのだという「可能性」を受け入れてはどうでしょう?
・・・
ほんとのことを言いますと(笑)、
これまで「自分」だと信じていたものは、
エゴに閉じ込められた観念の集合体、だったのです。
そして、エゴは、
そのひとつひとつの観念に、
本来あるはずのない深刻さや重要さ
を与えてきました。
だから、そのひとつひとつの観念が、
その観念から生じる思考が、
その思考から生じる感情が、
その感情から生じる行動が、
その行動がもたらす結果が。。
自分であると、固く信じていたのです。
新しい意識を持つために、
これを「小さな自分」と呼ぶことにします。
・・・
この「小さな自分」は、
例えるなら、「雲」。
常に流動的でうつろいゆく、
変化しつづけるもの。
つかみどころもありません(笑)。
しかし!
この「雲」であると錯覚してみて、
あてにならないものをあてにして、
喜怒哀楽、
快・不快
を味わって遊んでみたかった。
だから、一旦真実をぜんぶ忘れて、
不安定で苦しい遊びに夢中になったわけです。
あそんで、あそんで。
くるしんで、くるしんで。
いくとこまで、いっちゃおうと(笑)。
それが「雲」が自分だと錯覚した、
<小さな自分>が見ていた「夢」です。
ぐっすりと眠り、
うつろう「夢」の中にいて、
「夢」が「夢」だと気づかずにいました。
これが、旧式の「こころのチカラの使い方」でした。
わたしたちは、
ここから、新しい次元にシフトしています。
それが「進化」であり、
「夢」の中で、
これが「夢だ」と、
気づいている存在になることです。
~つづく~
この混迷の時代にあって、
これまでの自分になにかしらの狭さ、窮屈さを感じ、
新しい種類の意識を持ちたいと思う人は、
これまで「自分」だと信じていたものが、
実は!本当の自分ではなかったのだという「可能性」を受け入れてはどうでしょう?
・・・
ほんとのことを言いますと(笑)、
これまで「自分」だと信じていたものは、
エゴに閉じ込められた観念の集合体、だったのです。
そして、エゴは、
そのひとつひとつの観念に、
本来あるはずのない深刻さや重要さ
を与えてきました。
だから、そのひとつひとつの観念が、
その観念から生じる思考が、
その思考から生じる感情が、
その感情から生じる行動が、
その行動がもたらす結果が。。
自分であると、固く信じていたのです。
新しい意識を持つために、
これを「小さな自分」と呼ぶことにします。
・・・
この「小さな自分」は、
例えるなら、「雲」。
常に流動的でうつろいゆく、
変化しつづけるもの。
つかみどころもありません(笑)。
しかし!
この「雲」であると錯覚してみて、
あてにならないものをあてにして、
喜怒哀楽、
快・不快
を味わって遊んでみたかった。
だから、一旦真実をぜんぶ忘れて、
不安定で苦しい遊びに夢中になったわけです。
あそんで、あそんで。
くるしんで、くるしんで。
いくとこまで、いっちゃおうと(笑)。
それが「雲」が自分だと錯覚した、
<小さな自分>が見ていた「夢」です。
ぐっすりと眠り、
うつろう「夢」の中にいて、
「夢」が「夢」だと気づかずにいました。
これが、旧式の「こころのチカラの使い方」でした。
わたしたちは、
ここから、新しい次元にシフトしています。
それが「進化」であり、
「夢」の中で、
これが「夢だ」と、
気づいている存在になることです。
~つづく~
~つづき~
・・・
まさか「進化」なんて。
そんなおおげさで胡散臭いこと、
ある特殊な人間だけのものでしょ。
そう信じてやまない人や、
ここはそう反応するとこだろう、
というパターン反応で、
そのように疑いを見せる人も、
まだまだ多いことでしょう。
「進化」ということばを、
どう定義づけしているかでも、
異なりますから。
とはいえ。。
あなたが社会的にどんな肩書きであろうと、
「進化」は起きます。
それは生命だから。
生命は進化しつづけるから、です。
「進化」という言葉に抵抗があるなら、
「こころの成長」と言い換えていいでしょう。
それがきます。
すでにそれがそこにある、ということに、
気がつくときがきます。
そのとき、その少し先を歩いている人が、
道標にな るノウハウを持っています。
そしてその人は、
まだ未成熟ながらも、
惜しみなくワクワクしながら、
そのノウハウを教えてくれるでしょう。
わたしもそのひとりです。
だから、
楽しみながら、これを書いています。
~つづく~
・・・
まさか「進化」なんて。
そんなおおげさで胡散臭いこと、
ある特殊な人間だけのものでしょ。
そう信じてやまない人や、
ここはそう反応するとこだろう、
というパターン反応で、
そのように疑いを見せる人も、
まだまだ多いことでしょう。
「進化」ということばを、
どう定義づけしているかでも、
異なりますから。
とはいえ。。
あなたが社会的にどんな肩書きであろうと、
「進化」は起きます。
それは生命だから。
生命は進化しつづけるから、です。
「進化」という言葉に抵抗があるなら、
「こころの成長」と言い換えていいでしょう。
それがきます。
すでにそれがそこにある、ということに、
気がつくときがきます。
そのとき、その少し先を歩いている人が、
道標にな るノウハウを持っています。
そしてその人は、
まだ未成熟ながらも、
惜しみなくワクワクしながら、
そのノウハウを教えてくれるでしょう。
わたしもそのひとりです。
だから、
楽しみながら、これを書いています。
~つづく~