自分を許し本当の自分へ帰るためのメンタルサポーター「ひろいさとる」が本当の自分に帰るプロセス -20ページ目

自分を許し本当の自分へ帰るためのメンタルサポーター「ひろいさとる」が本当の自分に帰るプロセス

メンタルサポーター、ひろいさとるが、自らが本当の自分へ帰っていくプロセスを赤裸々に語っています。
また、クライエントやサポーターの皆さんとのQ&Aをここで共有することもあります。

つづきです。

・・・

脅迫的なアプローチを受けたあと、
わたしはその過去の記憶と同一化し、

また、やられるのではないか、

という思考が頻繁に生じていました。

その度に、

気づき、観察して、

湧き上がる怖れに、可能な限りの、

無抵抗

を選択しました。


いま、長年へばりついていた、

エゴの殻

が破れているんだ、と理解をし続けました。


そう、思い込むのでも、
そう、信じるのでもありません。

シンプルに、
素直に、理解する、のです。


そういう在り方のおかげで、
ずーっと怖れと緊張がありながらも、
わたしの内側の真ん中に、
決して揺らぐことのない安定感がありました。

・・・

そしていよいよ、
その方と2人だけで話しをする当日。

エゴはこれまでにないほど、
騒ぎたててきました。

その場を想像し、
ひどい結末を思考します。

その思考は次の悲惨な物語をつくり、
さらに恐怖が湧いてきます。

ギブアップだ、と思いました。
もうお手上げだ、と。

エゴに。


もういい。


ほんとに、もういい。

怖れなんて、いらない。


いらない、と念じたところで、
まったく効果はありませんでした。

あっちへいけ、エゴ。
消えてくれ、エゴ。

と願っても、ぜんぜんだめ(笑)。

・・・

はっと気づき、

あ、抵抗していたな、とわかり、

再び抵抗を手放す。


そんな繰り返しの朝でした。


やがて。


観察にも疲れたのか、

どうでもいい

という、感じがやってきました。

しかたない、という、あきらめもやってきました。

降参です。

完全にお手上げ。


・・・

たぶんこれが、手放すということ。

いまをほうっておくということ。

あるがままを受け入れるということ。


なのでしょう。


ここで二つの言葉が閃きました。

流れる


自由

です。


流れる、と唱えると、
期待が消えました。

自由、と唱えると、
なにが起きてもいいと思えました。

さらに、ここでもう2つ閃きました。





すべてはうまくいっている

の二つです。



幻、と唱えると、
アタマに生じる思考も、
目の前の人の群れも、
これから起きる体験も、
ぜんぶ、
一瞬の幻想。一次的なカタチ。
儚い夢、だと分かります。


すべてはうまくいっている、と唱えると、
ほんとにそんな感覚になり、
アタマとこころのざわつきが小さくなりました。

・・・

わたしは、その方と話しをする時間まで、
極力他の情報を見ないようにし、
30分前にはその場所に入り、
ただただ自分の内側に意識を向け、
自分にとって心地よいレイアウトに整え、
閃きのとおりにしました。

相手に100%の関心を寄せることを決めました。

もう怖れはありませんでした。







昨夜のヒリヒリ感。

抵抗するのをやめ、
就寝まで、ずっと意識をむけながら、
いまに在る練習を重ねました。

それは、いつもの、
妻との楽しい時間でした。

でも、痛みはあるのです。

すぐに消えることはありませんでした。

寝つきはとてもよく、
身体の内側のエネルギーに意識を向けたまま、眠りに入りました。

そして朝方。

目が覚めると、
身体中にエゴが発する不快感がありました。

名前をつけるなら、
怖れです。


わたしは再びその人に攻撃を受けるにちがいない、という思考に反応し、
怖れを生んでいました。

あの高圧的で、脅迫的な声が、
あたまをこだまします。


・・・


わたしはその怖れを
味わい切ることにしました。

その怖れがあることを、
身体で感じ切り、
身体で受け入れ、
身体で認める。

そう決意して、
白旗をあげて降参し、
その怖れに深く、深く、入っていきました。


ただ、認める。
ただ、許す。

そこで役に立ったアファメーションは、

統合する。

と、

ひとつになる。

と、

抵抗しない。


の3つでした。


15分くらい、
このワークを続けると、
観察していた不快感と、
身体が溶け合い、
なにやらすっきりとした、
温かい安心感に変わりました。

ネガティブなエネルギーが、
統合し、
その分、わたしが広く、大きくなった。
そんな感覚です。

・・・

怖れる必要がある。
心配する必要がある。

そう刷り込まれた観念の強さを
実感しましたが、

怖れる必要はない。
怖れは何の役にも立たない。

という観念を選び直すことにしました。


心地よい朝のスタート。

それでも今日も、
近しい怖れを感じました。

同じ相手に。


これはわたしが、
いまに在るために、
本当の自分で在るために、
通るべき道なのだ、とわかりました。


しばらく、このテーマを使って、
進化を加速化するに違いないです。



みなさん、いつもありがとう。


・・・


エゴの殻。

久しぶりに、
ある人の攻撃性を持った言動が、
突き刺さり、
エゴの殻にヒビがはいりました。


これまでで一番といえるくらいの、
攻撃性でした。

声も、手も震えていることに、
気づきつつ、
まったく歯が立たない相手の脅迫に、白旗を挙げました。

エゴは、
すぐさま、
なんとか自己正当化しようと、
弁解のネタを探しますが、
まったく歯が立ちません。


いまに在ること。

それならできる、と決意し、
内側で起きていることを
あるがままに認める努力をしました。


そこそこの精度で、
その取り組みは成功したと思いました。

攻撃され終わり、
直後が1番落ち着いていました。

しかし、

5時間ほどかけて、
ヒビが入った箇所から、
痛みが染み出してきました。


痛み。


この痛みから学ぼうと決めました。


この攻撃を受けた事実に対して、
自分で責任をとろうと。

そして、
原因はわたしにある、と気づきました。

たった一つの原因は、

相手にレッテルを貼っていたこと。

そのエゴ的な思考が、
すべてでした。


相手にレッテルを貼って、
見下していたのは、
わたしの側でした。


それと同じ質のエネルギーが、
かえってきたのです。。


いま、攻撃から12時間経ってもなお、破れた殻がヒリヒリしています。


そこに意識を向けています。


縮んだエゴ、破れたエゴを
そのままにしておきます。

これが、まさに、
人類が皆で取り組んでいる、
エゴの終焉。

意識の進化なのだから。

ヒリヒリ…