すべての社会人の方たちへ。
すべての生きる人たちへ。
生活のためにどこかの組織に雇用されて、役割をもって働く。
毎日、毎日、仕事へ行き、仕事をこなす。
そういった日々の中で、
私たちには、規則に則り命令や指示に従う、
といった制限を与えられています。
そういう規則だから。
そういう決定だから。
そういう命令なんだから。
だから、だから。。
私たちの多くは、
自分がどうしたいかよりも、
自分以外の人間が決めたことに従って、
次の行動が決められるという場面に溢れた人生を送っています。
それは無理もありませんね。
「お金」をもらっている「責任」があるのですから。
仕事だからさ。
給料をもらっているんだから。
責任があるんだから。
仕方ない。
仕方ない。
我慢しないとね。
ある程度は。これくらいは。
そんな風に、「給料」をもらっている私たちは、
「給料をもらうためのわたし」
というアイデンティティー(自分像)に、
自らを強く当てはめていきます。
・・・
こうして、私たち「働く人々」は、
自分以外の人間が決めた制限/ルールの中で、
お金をもらうための自分を演じ、
それが「あたかも自分自身であるかのような」錯覚に陥ります。
錯覚。
最初は「ただの錯覚」であったとしても。
それは、
あっという間に強固な「自分の姿」として固着していき、
私たち「労働者」は、
「お金」のために一生懸命に働きながら、
「本当の自分」を完全に忘れていきました。
それはもう本当に見事に(笑)!!
無意識の中に深く、深く、沈んでいきました。
言い換えれば、
完全にぐっすりと「眠っていた」のです。
・・・ つづく。
わたしたちが一度も犯したことのない「罪」について。
あなたやわたしが一体何をしたというのでしょうか。
どんな「罪」を犯したというのでしょうか。
・・・
朝、目覚めたときに。
夜、眠るときに。
常に、毎日。
あるいは、時折。
・・・
自分が「役に立っていない」とか。
こんなんじゃ、「生きている意味がない」とか。
「なにかとんでもない失敗をした」とか。
どんな基準で、どんな理由で、
あなたは自分が「罪」を犯していると「判断」したのでしょう?
そもそも。
その「判断基準」は誰が創ったのでしょうか。
親でしょうか?
社会でしょうか?
メディアでしょうか。
記憶でしょうか。
歴史でしょうか。
DNAでしょうか。
・・・
出処はどこだっていい。
だって、どこからもそんなもの出ていないのだから。
・・・
「罪」の意識は味わい深いものでしょうか。
確かに、そうかもしれません。
もしそうなら、「楽しんでも」よいのです。
本気で、「苦しむ必要」はありません。
だって、「罪」など、どこにも「ない」のですから。
・・・
もう一度いいます。
「罪」など最初からありませんよ。
どこにも、そんなものないのです。
・・・
にも関わらず、
こんなにも、「罪悪感」に苛まれ、
わたしたちは、苦しむことがあります。
・・・
ないものを味わい、
ないものをあるかのように体験する。
一時的に。
・・・
なんのためでしょうね?
なにかの役に立っているのでしょうかね。。
・・・
それはきっと。
寝ているあいだにみている夢と同じです。
なにか根拠がありそうで。
つかみどころがなく。
結局「まぼろし」でしかなく。
しばらくは「不快」だが。
すぐに「忘れていく」もの。
その程度です。罪悪感なんて。
・・・
ふざけるな、と思います。
抵抗ではなく、
愛をもって、ほんとに。
こんなエゴの仕組み、もう終わりにしましょう。
あなたにも、
わたしにも、
「罪」を犯したことなど、
一度もありませんよ。
あなたやわたしが一体何をしたというのでしょうか。
どんな「罪」を犯したというのでしょうか。
・・・
朝、目覚めたときに。
夜、眠るときに。
常に、毎日。
あるいは、時折。
・・・
自分が「役に立っていない」とか。
こんなんじゃ、「生きている意味がない」とか。
「なにかとんでもない失敗をした」とか。
どんな基準で、どんな理由で、
あなたは自分が「罪」を犯していると「判断」したのでしょう?
そもそも。
その「判断基準」は誰が創ったのでしょうか。
親でしょうか?
社会でしょうか?
メディアでしょうか。
記憶でしょうか。
歴史でしょうか。
DNAでしょうか。
・・・
出処はどこだっていい。
だって、どこからもそんなもの出ていないのだから。
・・・
「罪」の意識は味わい深いものでしょうか。
確かに、そうかもしれません。
もしそうなら、「楽しんでも」よいのです。
本気で、「苦しむ必要」はありません。
だって、「罪」など、どこにも「ない」のですから。
・・・
もう一度いいます。
「罪」など最初からありませんよ。
どこにも、そんなものないのです。
・・・
にも関わらず、
こんなにも、「罪悪感」に苛まれ、
わたしたちは、苦しむことがあります。
・・・
ないものを味わい、
ないものをあるかのように体験する。
一時的に。
・・・
なんのためでしょうね?
なにかの役に立っているのでしょうかね。。
・・・
それはきっと。
寝ているあいだにみている夢と同じです。
なにか根拠がありそうで。
つかみどころがなく。
結局「まぼろし」でしかなく。
しばらくは「不快」だが。
すぐに「忘れていく」もの。
その程度です。罪悪感なんて。
・・・
ふざけるな、と思います。
抵抗ではなく、
愛をもって、ほんとに。
こんなエゴの仕組み、もう終わりにしましょう。
あなたにも、
わたしにも、
「罪」を犯したことなど、
一度もありませんよ。
みなさん、いつもありがとう。
・・・
自分のこころに響いたスピリチュアルな言葉。
それを固定観念として、
エゴの領域にしまって、
わかったつもり、にならないために。
1.真実は空(=空間)に置いておくこと
2.その真実を身体で実践すること
この2つはとても重要です。
真実はつかみどころのない「雲」ではなく、
その雲が発生することを可能にしている「空(そら)」です。
あ、これは真実だな、と感じる知識が、
ほんとうに真実であれば、
ただ、そこに置いておけばいい。
ただ、在るのみ。
ただ、そうである、だけです。
そのことを主体的に認識していれば、
それで充分。
・・・
では、その真実を「身体で実践する」とは、
どういうことでしょうか。
あなたがその真実を認識した状態で、
行動する、ということです。
あなたは空(そら)です。
空(そら)そのものです。
そこであらゆる「夢」が展開される、
その「おおもと、背景、場」があなたです。
その空に、ただ置いてある心に響いた真実。
ここに、それがある、と認識し、
そのことを「意識」して、
あらゆる、すべての行動をしましょう。
それが身体で実践する、ということです。
・・・
それができたら!
あなたが動くたびに、
その行動のなかに「おおもとのエネルギー/ソースエネルギー」が、
注ぎ込まれます。
なにをするかは重要ではなく、
どう在るか、が重要です。
身体の内側の躍動感に意識を向けて。
呼吸に意識を向けて。
いま、していることをしましょう。
ただ、それだけで成功です。
会ったこともない多くの存在にまで、
その影響は及んでいることでしょう。
あなたは「空」。
そのものなのです。
・・・
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自分のこころに響いたスピリチュアルな言葉。
それを固定観念として、
エゴの領域にしまって、
わかったつもり、にならないために。
1.真実は空(=空間)に置いておくこと
2.その真実を身体で実践すること
この2つはとても重要です。
真実はつかみどころのない「雲」ではなく、
その雲が発生することを可能にしている「空(そら)」です。
あ、これは真実だな、と感じる知識が、
ほんとうに真実であれば、
ただ、そこに置いておけばいい。
ただ、在るのみ。
ただ、そうである、だけです。
そのことを主体的に認識していれば、
それで充分。
・・・
では、その真実を「身体で実践する」とは、
どういうことでしょうか。
あなたがその真実を認識した状態で、
行動する、ということです。
あなたは空(そら)です。
空(そら)そのものです。
そこであらゆる「夢」が展開される、
その「おおもと、背景、場」があなたです。
その空に、ただ置いてある心に響いた真実。
ここに、それがある、と認識し、
そのことを「意識」して、
あらゆる、すべての行動をしましょう。
それが身体で実践する、ということです。
・・・
それができたら!
あなたが動くたびに、
その行動のなかに「おおもとのエネルギー/ソースエネルギー」が、
注ぎ込まれます。
なにをするかは重要ではなく、
どう在るか、が重要です。
身体の内側の躍動感に意識を向けて。
呼吸に意識を向けて。
いま、していることをしましょう。
ただ、それだけで成功です。
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