わたしたちが一度も犯したことのない「罪」について。
あなたやわたしが一体何をしたというのでしょうか。
どんな「罪」を犯したというのでしょうか。
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朝、目覚めたときに。
夜、眠るときに。
常に、毎日。
あるいは、時折。
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自分が「役に立っていない」とか。
こんなんじゃ、「生きている意味がない」とか。
「なにかとんでもない失敗をした」とか。
どんな基準で、どんな理由で、
あなたは自分が「罪」を犯していると「判断」したのでしょう?
そもそも。
その「判断基準」は誰が創ったのでしょうか。
親でしょうか?
社会でしょうか?
メディアでしょうか。
記憶でしょうか。
歴史でしょうか。
DNAでしょうか。
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出処はどこだっていい。
だって、どこからもそんなもの出ていないのだから。
・・・
「罪」の意識は味わい深いものでしょうか。
確かに、そうかもしれません。
もしそうなら、「楽しんでも」よいのです。
本気で、「苦しむ必要」はありません。
だって、「罪」など、どこにも「ない」のですから。
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もう一度いいます。
「罪」など最初からありませんよ。
どこにも、そんなものないのです。
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にも関わらず、
こんなにも、「罪悪感」に苛まれ、
わたしたちは、苦しむことがあります。
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ないものを味わい、
ないものをあるかのように体験する。
一時的に。
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なんのためでしょうね?
なにかの役に立っているのでしょうかね。。
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それはきっと。
寝ているあいだにみている夢と同じです。
なにか根拠がありそうで。
つかみどころがなく。
結局「まぼろし」でしかなく。
しばらくは「不快」だが。
すぐに「忘れていく」もの。
その程度です。罪悪感なんて。
・・・
ふざけるな、と思います。
抵抗ではなく、
愛をもって、ほんとに。
こんなエゴの仕組み、もう終わりにしましょう。
あなたにも、
わたしにも、
「罪」を犯したことなど、
一度もありませんよ。