「エイリアン、故郷に帰る」の巻(66) | 35歳年上の夫は師匠でエイリアン! 

35歳年上の夫は師匠でエイリアン! 

【夫】台湾人 × 【妻】日本人

国際結婚? いえ、惑際結婚ですから!

気がつけば2男1女。

あの男を見ていると、とても同じ人類だとは思えない。
漢方薬を水なしで飲めるなんて
一体どんな味覚をしてるんだ、あのおっさんは。

 

 

 

あの頃、私は毎日

頭がふらついていた。

 

歩いていても、両足が宙に

浮いているような気がして、

地面を踏んでいる感覚がなかった。

 

 

元々、貧血の気がある

ところにもってきて、

 

心も体も、もうくたくた

だったのだろう。

 

 

 

 

でも、日常は

待ってはくれない。

 

子供たちには学校がある。

 

朝ご飯を食べさせ、

長男と次男を学校に送り出し、

娘は保育園まで送り届けなければならない。

 

 

確か、あれは秋口だったか。

長男の学校で運動会があった。

 

お弁当を持たせなければ

ならなかったのだが、

 

あの頃の私には、早起きして

お弁当を作る気力も体力もなかった。

 

 

だから。

 

子供たちをみんな送り出した後

お弁当を作り、運動会のお昼休みに

学校の玄関で長男と落ち合い、

お弁当を手渡した記憶がある。

 

 

 

 

 

これ以外にも。

 

私の体調が回復するまで

待ってはもらえない事柄があった。

 

 

師匠の死亡届や

保険金請求の手続きだ。

 

 

たとえ。

 

私がどんなにしんどかろうが、

目を背けたい現実であろうが。

 

絶体に避けては通れない。

 

 

 

 

 

「こちらで処分しましょうか?

もう要りませんよね?」

 

 

 

 

 

役所で師匠の死亡届を

提出した時のこと。

 

窓口で対応してくれた

職員さんにこう訊かれた。

 

 

もしかしたら、何かの手続きに

必要になるかもしれないと思い、

師匠の印鑑登録証を持参したのだが。

 

 

 

 

 

ええ。

おっしゃる通り。

 

もう「要りません」よ。

 

 

 

 

でも。

 

この登録証の裏には、

あのおっさんの名前が書いてある。

 

 

だから。

 

もう必要はないけれど、

捨てることはできない。

 

 

 

 

「いえ、持って帰ります」

 

 

 

 

役所から帰宅するために

駐車場へ向かう足取りは、

やっぱり、ふわふわと

宙に浮いたままだった。

 

 

 

 

あれは、きっと。

つまらない意地だったのだろう。

 

 

 

 

今の私なら、

 

 

 

 

「はい。お願いします」

 

 

 

 

こう答えたかもしれない。

 

 

カードは、ただ単に

カードだというだけ。

 

名前が書いてあるからといって、

そこに師匠が宿っているわけではないと。

 

 

 

 

いや、でも。

どうだろう。

 

そこまで、ちゃんと

割り切れるだろうか。

 

今の私でも。

 

 

 

 

だって。

 

師匠の印鑑登録証は

まだ私の手元にある。

 

引き出しの中に、

私の印鑑登録証と

重ねて置いてある。

 

 

 

他にも。

 

運転免許証。

パスポート。

在留カード。

外国人登録証明書。

腕時計。

印鑑。

 

 

 

おまけに。

 

師匠が若い頃、台湾で兵役に

就いていた時の証書まである。

 

 

 

空軍通信電子學校學生畢業證書

 

 

 

もう何十年前のものに

なるのだろう。

 

すっかり色褪せて

セピア色。

 

証書の中全体、表紙の裏表にも

無数のシミがある。

 

 

先生の遺品の中にあったのだが、

よく持っていたものだと思う。

 

 

 

 

「私は空軍にいたよ」

 

 

 

 

生前、先生から

そう聞かされたことがあったが、

この証書がその話を裏付けている。

 

 

 

それにしても。

 

証書に貼られている

写真の若いこと。

 

 

それに。

 

なかなか

いい男じゃないの?

 

このブログのヘッダーの

写真ほどではないにしても。

 

 

まあ、でも。

 

もしそうだと言われれば、

黒道の若い衆に見えないこともない。

 

わははははははは。

写真って恐ろしい。

 

 

 

 

 

「ねえ、先生。この頃は、まさか将来

日本で私と出会って結婚するなんて、

夢にも思わなかったでしょ」

 

 

 

 

 

心の中でふと、

青年時代の師匠に

こう話しかけた。

 

 

 

 

きっと。

 

日本で鍼灸師になることも。

私を弟子にすることも。

 

この頃には、その後の人生で起こるすべてが、

想像だにしなかった事だったんじゃないだろうか。

 

 

 

そして、

それは私も同じこと。

 

今日までの人生を振り返ってみれば、

どれもこれもみんな、まったく

思いも寄らなかった事ばかり。

 

 

まさか。

 

大学時代に中野の公園で知り合った

奇怪で得体の知れないエイリアンに

弟子入りした挙句、結婚までして

子供を3人設けるなんて。

 

 

10代の頃の私が聞いたら、

きっと怒り出す。

 

いや、それとも。

大笑いするだろうか。

 

 

そんなこと、

絶体にあるわけがないと。

 

 

 

証書の中の先生は、

恐らく、まだ20代。

 

師匠は若い頃から、将来は

日本へ留学したいと思っていたそうで。

 

 

だから。

 

大学時代に付き合っていた彼女と

いい雰囲気になった時も、

最後の一線は越えなかったという。

 

その後、結婚ということにでもなれば

留学できなくなるだろうから。

 

 

 

 

けっ。

 

 

 

なにそれ。

 

だったら最初から

付き合わなければいいじゃないの。

 

期待させるだけさせといて。

見境のない鬼か、こいつは。

 

 

 

まあ。

 

あのおっさんにも

青春があったわけだ。

 

これ以上、

何も言うまい。

 

 

 

 

きっと。

 

どんな人生も

一本の映画、一冊の本。

 

同じ物語など

ありはしない。

 

 

だからこそ。

 

どんな人の物語も

この宇宙には必要なのだ。

 

 

 

 

 

兎にも角にも。

 

かさ張るものではないこともあって、

先生の名前が書いてあるものは

どうにもこうにも捨てられずにいる。

 

顔写真付きのものなら

尚更のこと。

 

 

もう、どうしようもないわね。

あんた、こりゃ。

 

 

かくなる上は。

 

私が死んだら、一緒に

棺に入れてもらおう。

 

子供たちに

そうお願いしておかねば。

 

 


 

ただ、実は。

 

私には、ひとつだけ

お願いがある。

 

 

師匠が使っていた

腕時計なのだが。

 

 

形からして男性用で重い上、

私の手首には大き過ぎて、

今日まで使えずにいた。

 

 

 

ですからね。

 

長男、或いは次男。

もしくは、ふたりとも。

 

 

もちろん。

 

毎日じゃなくて

いいんです。

 

ほんのたまにで

いいんです。

 

 

高級品ではないけれど。

 

 

どうでしょう。

 

パパの腕時計。

つけてみません?

 

 

 

 

 

 

 

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