ICU患者の家族用に用意された
部屋で寝泊まりを始めてから、
しばらく経った頃。
夜、折り畳み式の簡易ベッドに
横たわっていると、何やら天井が
揺れているような感覚を覚えるようになった。
最初は地震かと思った。
でも、ベッドから起き上がってみても、
部屋が揺れている様子はない。
ああ。気のせいだったのか。
こう思って、再びベッドに横たわって
天井を眺めていると、やっぱり何だか
部屋が揺れているような気がする。
もう一度起き上がってみるが、
周りは静止している。
一体何なんだろうと思っていたが、
ある日、合点がいった。
私は疲れていたのだ。
考えてみたら、師匠が入院したという
電話が台湾からあった日以降、
私はよく眠れていなかった。
体は疲れているのに、神経はずっと
張り詰めたまま、緊張しっぱなしだ。
脳が休まらない日がずっと続いているから、
頭がふらつくのだ。
おまけに、私が寝泊まりしていた部屋は、
24時間ずっと冷房がガンガン効きっぱなしで、
私にはとても寒い。
毛布をあるだけ被っても寝つけない。
台湾の施設には、冷房をその部屋で
コントロールできない場所もある。
できたとしても、オンオフのスイッチのみで、
温度調節できない場合もある。
この部屋には、そのスイッチすらなく、
私にはどうしようもなかった。
また、部屋には窓もなく、窓を開けて
冷気を逃がすこともできなかった。
その時、部屋を利用していたのは私だけだ。
誰にも遠慮はいらないだろう。
「あのー。冷房が強すぎて、寒くて眠れないんですけど、
冷房を弱めてもらえません?」
すぐ隣にあるスタッフルームに行って、
こうお願いしてみたが、その部屋の冷房は、
そこで管理しているわけではないので、
どうすることもできないという。
夏なのに、寒くて眠れないって...
とにかく困った。
本当に眠れない。
ただでさえ眠れないのに。
こうなったら、場所が広い分、
冷気が拡散していて、寒いとまでは
感じない待合室の出窓に横たわって
寝ようかと、本気で思った。
でも。
いい年した年増の女が
病院の待合室の出窓で寝てるってのは...
迷い込んだホームレスみたいだな...
固いコンクリートだから、
寝心地は良くないだろう。
それに、いつ誰が
来るかも分からない。
人が見れば驚くに違いないし、
第一、怪しすぎる。
住み慣れた家から離れてるってのは、
本当に不便だな...
恨みがましく思ってみたところで、
部屋の冷房が止まるわけでも、
日本から家が飛んでくるわけでもない。
無料で寝られる場所があるだけでも
良かったと思うべきだろう。
シャワーも無料で
使わせてもらえるんだから。
ひとつだけ。
これは私のエゴなのかもしれないが。
師匠の入院が、日本ではなく
台湾で良かったのかもしれないと
私が思った理由。
それは、普段の父親とはあまりに違う姿を、
子供たちに見せずに済んだことだ。
ICUで見た師匠の姿は、
40年近く生きてきた私にですら、
それまでの人生で経験したことがないほどの
大きな衝撃だった。
これは、私の手前勝手で、
独りよがりな屁理屈なのかもしれない。
子供たちにしてみたら、たとえどんな姿であっても、
父親に面会したいと思っていたのかもしれない。
でも。そうだったとしても。
やっぱり、子供たちには、
あの時の先生の姿を見せずに済んで
よかったんじゃないだろうか...?
実のところ、子供たちは
どう思っていたんだろう。
答えを聞くのが怖くて、
今日まで一度も訊いてみたことはない。

