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カナダ留学記ーHarmony Log

バンクーバー・ブリティッシュコロンビア大学の商学部に進学したビジネス生徒のブログ。学生生活で感じたこと、経験したことが中心。

毎週土曜日の夜(日本時間の日曜日の午後)は必ず更新する予定だが、それ以外にも思いついた時に書きたいことを書くかもしれない。

カナダに戻ってきた。書くことが多いから、今日の文章は長いよ。

ここ数週間は本当にごたごたしていて、今までだったら多分精神的に参っていただろうと思う。インターンシップを終えて、4回あったメイクのレッスンの最終回も終えて、東京に住んでいる叔母にいとこと一緒に買い物に誘われたところまではよかった。

その後、ウイルス性腸炎にかかり、水さえ飲むのが億劫な日々が続いたのがつらかった。今でも食欲があまりない。というよりか、飲食するのが怖い。いつお腹が痛くなるか、という恐怖心が少し残っているようだ。

しかし、一番ストレスを感じる要因と成りえたのは、バンクーバーに戻った時に住む家が決まっていなかったことだ。

4月の終わりに大学1年が終了し私は日本に戻ったのだが、帰国している間に空家賃を払うのが嫌で、結局家を押さえなかったのだ。夏休みの間にネットで物件を探して、カナダに残った友人に代理で物件を見に行ってもらうつもりだったのだが、なかなかうまくいかなかった。大家さんもやはり契約する本人に会わなければ信用できないのだ。考えれば当たり前のことである。

よって私は住む場所が決まらないうちにカナダに戻ることとなった。

住む家がないということは、滞在する場所がないということで、大げさに言えば路頭に迷っているわけである。我ながら「どうするんだ、私」と自問せざるを終えない状況だった。

だが、今回の経験を通じて、私は人生において忘れてはならないものを学んだと思う。

「人脈は財産」ということを、身をもって学んだ。

カナダに戻る前に物件を押さえることは不可能だと分かった時に、私は同じ大学に通う日本人の友人に「家を見つけるまで住まわせてほしい」と頼んだ。しかし、私がカナダに戻る日にちのほうが、友人が戻るよりも5日早かった。ホテルを押さえるにしても高く、最終手段にしておきたかった。よって、同時進行で母の先輩の友人でバンクーバーに住んでいる方に連絡を取り、最大5日間泊めてもらえないかとお願いしたところ、快く引き受けてくださった。同じく路頭に迷っていたルームメイト(今年一緒に住む予定)も泊めてもらえることになり、最初の1週間近くの寝床は確保できた。

その後、友人がカナダに戻るよりも早く、ルームメイト(韓国人の帰国子女)が韓国コミュニティのホームステイのつてで短期滞在先を探してくれて、1か月分の家賃を払ってそこに滞在することになった。今はそこに住んでいるのだが、友人を邪魔することなく滞在できる場所がすぐに見つかって、ほっとしているところだ。

この話には後日知って驚愕した裏話がある。

母の先輩の友人はネット上の知り合いで、実際に会ったことはなかった、とか。
韓国人のホームステイのお母さんには一度断られたが、ルームメイトがそのお母さんと同名だったため、引き受ける気になってくれた、とか。

これがどれほど有難く、貴重で、奇跡的なことか考えたら、鳥肌が立った。一歩間違えれば本当に路頭に迷っていたんだと考えると恐ろしくもある。しかし、私は今回の経験から「人間関係を大切にしている限り、私が生きていけなくなることはない」ということを悟った。

極端な話だが、お金が一銭もなくても、人脈さえあれば衣食住は恵んでもらえるのだ(その状況に甘んじてはいけないとは思うけれど)。ただし、今自分が呼吸しているのがどれほどの奇跡の上で成り立っているのかを忘れず、感謝すべきだと私は思う。だれにも強制するつもりはないが、そうやって生きていけたら私は幸福だと思う。

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もう一つ、上に関連して書いておきたいことがある。


カナダに着いて、今日で6日目になる。今回、普段ならパニックになりそうな状況にもかかわらず比較的冷静でいられたのには「いざとなったらプライドをかなぐり捨ててでも助けを求められる人がいる」という安心感があったからだ。また、ざわついている精神を一瞬で安定させる質問を編み出した。

今日寝る場所はあるか。
今日体を温めるだけの服を持っているか。
今日腹を満たすだけの食糧を入手できるか。

この3つを自分に問いかけて、答えが全部「はい」であることを確認すると楽になる。この時、大切なのは「でも明日はどうかわからない」などと未来のことは一切考えないこと。「今日」そして「今」、衣食住を入手できている状況にあるかということを確認するのが大事なのだ。

動物は「未来」なんて考えない。今日を生きることに全力を尽くす。ストレスを感じやすい状況や大変な時ほど、根本的な欲求をしっかりと満たしていることを確認しないと、「無いもの」ばかりを数えてしまう。それは生産的じゃないし、未来にもつながらない。

今まで私は「計画性がないと将来生き残れない」と思っていたが、そんなものは「コントロールできるかもしれないという自己満足」と「コントロールできないことばかりであるという不満」を生み出すだけで、意味のあるものはできないということに気が付いた。

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先ほどの話に戻すと、人脈があってプライドをかなぐり捨てられるなら、「助け合う」という、動物らしくない習性を持った人間は一生衣食住に困らない。生きる方法に困らないなら、そこから先の人生を豊かにする方法だっていくらでも考えられる。

大事なのは今自分が存在できている理由とか、自分の生活のベースを見つけて感謝して、そこを原点として考えることだな。理想と現実をはき違えないように気を付けないとな。

まとまりのない話になってしまったけど、私が今日書きたかったメッセージは一つ。

「衣食住がそろっていれば動物として幸せ。無いなら、頼れる人間を、それこそ死に物狂いで探すこと。それ以上は生物としての限界を超えた幸せだから、高望みしない態度で気楽に構えていること。」

...うん、最後はうまくまとまって嬉しい。



昨日、父に頼んで富士登山に連れて行ってもらった。

去年の夏、人生初の富士登山で精神力と体力の限界に挑戦した結果、いろいろと自分の至らなさや若さが理解できて成長できたので、今年も精神力を鍛えに行きたかったからだ。

去年は高校時代も卒業後もほとんど運動していない状態での登山だったので、ほんとうに大変だった。今でもどうやって登ったか覚えていないくらいだ(笑)

しかし今年の私はジョギングを少しやっていたおかげで脚力が付いていたため、去年ほどの疲労は感じなかった。

それでもやはり精神的に苦しいことには変わりないので、今年もやはりいろいろな気づきがあった。

一番記憶に残ったのが、九合五尺だ。

去年も今年も富士宮口から登ったのだが、富士山は、八合目までは比較的に余裕がある。確かに岩だらけで登りづらいが、標高 3000 m あたりまでは酸素もある程度あるので呼吸が楽だ。

九合目までも、ちゃんと深呼吸することを忘れなければまあまあいける。

問題は、そう。九合五尺なのだ。

前回は九合からの記憶があまりないが、今回は九合五尺あたりで「なんで今日富士登山しようなんて思ったのかなぁ」と心の中で登山に来たことを少し後悔し始めていた。もちろん九合五尺まで登ってしまっては引き返すほうがつらいので先に進むしかないのだが、足は重い上に深呼吸を忘れるとすぐに頭痛に襲われる。「なにやってるんだか、自分」と突っ込まざるを終えなくなるのだ。

それでも、登る。最初に登ると決めたのは私だから。半ばヤケクソで登り切る。

今年は去年体力的に登れなかった剣ヶ峰に行くと決めていたから、十合目がゴールじゃなかった。山頂について馬瀬を見たとき、「あー、やめようかなぁ」と本気で思った。でもここでやめたら下山したときに後悔するだろうな、と思って、これもまた半ばヤケクソで一歩を踏み出す。

まあ、結果的にあきらめずに剣ヶ峰まで行ってよかったと思う。日本の頂点に立つって、気分がいいものだしな。

今回の登山で覚えた大事なことは、「諦めたくなるほど辛いときは九合五尺」ということ。

ゴールに近いところ、一歩手前が一番精神的につらくなる。逆を言えば、精神的につらいときはゴール一歩手前だと思えば先に進む気力が少しわく。


「諦めたら、そこで試合終了だよ。」

漫画の受け売りだけど、その通りだと思う。

書きたいこと、表現したいことが違うかなーと思い分けたものだ。

リンクはこれ。

「のんのブログ」
タイトルまんまである。

URLの「クオリア」というのは私のお気に入りの英単語の一つで、哲学的な概念と脳科学的な概念が融合した単語とも言われている。簡単に言えば、たとえば私たちが色を知覚するとき、それは「赤」という感覚で見ているのではなく、言葉では表現できないものに単語というラベルを当てはめて考えている、という難しい考え方だ。

詩的に言い変えてみれば「生きている実感」ともいえる。

詳しく説明するには知識が足りないので、興味のある方は調べてみてほしい。
さて口調を元に戻して、今日はちょっと持論について語ろうと思う。

家族や友人にはたまに語る内容であり、そのたびに「本を書けば?」といわれるくらい熱く語れることでもある。

姉学、と私は呼んでいる。

特に難しいことではない。「姉とはどうあるべきか。長男長女、つまり第一子はどういう風にふるまうべきか。」という、自分なりの信念である。

はっきり言って、私と妹の仲が奇跡的と言っていいほど良いのは私がこの「姉学」を守っているおかげでもあると思っている。(もちろん妹がとても良い子だから私が良い姉として接することができるということもあるけれど。)

二人姉妹として一緒に生きてきて18年間。日常生活で守っている自分の中の規則はいろいろとあるが、絶対にたがえてはならないと誓っている「姉学3か条」というものがある。

その1.絶対に威圧的な態度を取らないこと。

  第一子は「先に生まれた」という事実上、生まれながらにして兄弟よりも立場が「上」になってしまう。私が少しでも強い口調になれば、妹には不必要な威圧感と緊張を与えてしまい、相手が「攻撃されている」と思い込むきっかけになってしまう。ケンカ腰の会話は何もうまない。

  だから、私はどんな状況でも「先に謝る」ということを信念にしている。別に私に非がない場合でも、とりあえず相手は何かに苛立っているのだから不快な気持ちにさせたことに対して謝る。

  それもできないくらい苛立つことだってある。そういう時は頭を冷やすために「ちょっと頭冷やしてくるね。」と言って、外に出ることが多い。同じ空間にいるからうまくいかないのであれば、相手が見えないところに行くのがいい。

  コンビニに出かけて甘いものを買ってくるのでもいいし、ただ道を通る車を数えているのもいい。大事なのは自分が苛立っているということを忘れることだ。

  帰ってきたら「さっきは大人げなくてごめんね」と誤って、何事もなかったかのように接する。大抵相手も「うわぁ、家を出てかなきゃいけないくらい怒ってたんだ」と冷静にもなるから、その時点でげんかの火種はほぼ消える。

  断じて、声を荒げてはならない。


その2.アドバイスは「Iメッセージ」で、「私」を主語に。

  自分の方が先に生まれているから、相手の人生にもかかわらず「こうすればいいのに」と思うことがたくさんある。今ではだいぶ減ったが、一時期は「もっと愛想よくすればいいのに」とか、「もっと勉強でこうすればいいのに」とか、それはもう口出ししたいことがかなりあった。

  だけど、「YOUこうしなさいよ」と命令しては絶対にならない。いくら根底にあるのが相手への心配や思いやりでも、命令口調では何も伝わらない。私は伝えたいことがあるならこういう意味合いになるようにしている。

  「私はこういう経験をしてきた。その過程でこういうことを思った。だから今のあなたを見ていると、こういう風にすればいいんじゃないかと私は思う。でも一人の人間の意見だから、参考にする程度にしてほしい。」

  普通の人間関係でも、根拠のない主張は説得力が低い。だからこそ、家族という最も大切にしたい人間関係では、多少頭を使ってでもちゃんと論の通った主張をすること。

  そしてそれは決して押しつけになってはならない。相手がこちらの意見を聞かずに万が一苦労したとしても、それはそれで相手の選択した人生なのだから。


その3.絶対に相手の人格を否定しないこと。

  これは非常にシンプルなルールだ。違う生き方をする人間だから、その生き方を否定するようなことは絶対に言わないこと。「そんなだからあなたは」「~しないとだめだよ」といった、自分の生き方を押し付けないようにしている。

相手が自分にとって嫌な言動をとってきたら、距離を取ることで自分を保つ。


この3か条に共通するのは、「親しき中にも礼儀あり」という言葉だ。

一番大切にしたい人間関係だから、ちゃんと相手を尊敬した言動をとる。簡単には壊れにくい関係だと知っているからこそ、一回一回のコミュニケーションを大事にする。

妹もそれを理解して、私のやりたいことを尊重してくれる。人間としての私を否定されたことは一度もない。(まあ、趣味の話題では弁論大会になるけれど。)


「仲良し」といわれるには、ちゃんとした理由と努力があるんだぞ。
ちょっと文章の書き方を変えてみようかと思う。別人かという感じになってしまうかもしれないけど、試してみたい。

おととい読んだブログが話し言葉で書いてあってとても読みやすかったから、私も今日は語るように書いてみよう。

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タイトルにある通り、久しぶりにバイオリン弾いてみたんです。3歳ころからずっと習っていて、3本目の腕か2つ目の頭のように思っているバイオリンです。三年くらい前にレッスンを取るのをやめて、以来たまに触れるように練習してました。

もっとも最近は平日東京にインターンをしに行っていることもあって、なんとなく疎遠状態だったのですが、昨日今日と久しぶりに引いてみようかなという気になって、ケースから出して練習してみたんですよ。

結論から言うと、腕が筋肉痛になって鎖骨が内出血しました。痛い。

腕の筋肉痛は、右腕をぶんぶん振り回したせい。鎖骨のあざはバイオリンを顎と鎖骨で挟むから。

筋肉痛は前からなっていたけれど、鎖骨がここまでになったのは初めてだったのでちょっとびっくりしました。それだけ練習していなかったんだなぁと。

肩当を使ってクッションを入れればあざにならないんですけど、それをしないのが私のスタイルなんです。

低音を出すと、木の箱からバイオリンの絃の振動が伝わってくる。それが骨を通って体全体へ広がる感覚が大好きだから、クッションは使いたくないんです。

痛いですけど。

痛いながらも1時間は練習しました。

新しい楽譜を見ながらゆっくり、丁寧に、それこそプロが弾いたら8分で終わる曲を15分近くかけて。痛みとか、途中で忘れますよね。

頭の中で再生される音と、実際私が引いた時に出る音にかなりの差があるので、それをとことん納得するまで埋める作業でした。なまってるなぁと思いながら、ただひたすら丁寧に。

ぶっちゃけるとこういうチミチミ、じりじりした作業は苦手なんです。で、今までそれを避けて、勢いだけで弾いていたんです。でもそれも腕がなまってしまったらただ汚いだけだったのが衝撃でした。今まで自分は勢いでごまかしていたんだなと改めて実感しました。

だから、ゆっくり、一音一音を大切に弾く。丁寧に響かせる。美しさを最優先する。
遠くまで透るように。乾いた地面にしみていく慈雨のように。

想像しているだけでも、私は幸せな気分になれる。

音楽でなくてもいい。自己表現できるツールが一つあれば、人生が格段に色づきます。