Ohana*私の人生は私だけのもの

Ohana*私の人生は私だけのもの

超繊細な次女(娘2)とオタク気質の長女(娘1)、単身赴任の長かったパパと家事能力がイマイチな私の家族再生物語☆
...でしたが、家族の問題は家族関係ない、私の問題だと気づきました。依存をやめて自分の足でしっかりと立って自分の人生を生きると決めます!

入院が決まって、気がかりなのはお姉ちゃん、こと娘1。まだ5歳の年中さん。

実家も近くなく、予定としてはもう出産するまで入院の可能性大。

幼稚園があるので、母に世話しに来てもらえればそれが1番でしたが、母もそれほど調子が良くなかったため、実家で両親が娘1のお世話をしてくれることになりました。

夫(神奈川)は休みのたびに、私の実家(埼玉)と病院(東京)へ交互に行くという激務に💦

娘1には、それまで私と離れたことがあまりなくて、可哀想なことをした、とその時は思っていました。

私自身も3歳のとき、弟が産まれる前3カ月程母の実家に預けられて、寂しげだったと聞いていたから。


でも、世話してくれる人がいないとどうにもなりません。赤ちゃんが産まれるのを楽しみにしているのは娘1も同じ。

娘1は実家に行くこととなりました。

その日のこと、よーく覚えています。

ベランダから娘が乗った車を涙ながらに見送ったこと。

こうやって思い出しても涙が出ます。。


双子ちゃんが無事に産まれたら、そんなこともあったね、みんなで頑張った‼️と笑い合おう。

そう信じて疑いませんでした。


まだ週数が浅いのにどんどん大きくなるお腹。

いくら双子とはいえ、大き過ぎるし、苦しいと思って緊急受診。

朝イチに行ったけど、予約してないから呼ばれたのは昼過ぎ。もう人もまばらな待合室。

お腹も張るし、辛かった。

そして、受診したところわかった赤ちゃんの病気。

『双胎間輸血症候群』

お腹の中にいる胎児ちゃんの手術が必要‼️

先生のお話では、

ここの病院では手術できない

手術費は先進医療のため保険がきかない(現在は保険適用になっています。ニュース聞いて嬉しかった😊)

限られた病院でしか手術が出来なかったので、先生が東京の病院に問い合わせをしてくれて、転院が決まりました。

確かもうほんとに、即入院レベルだった記憶。



双胎間輸血症候群(TTTS)

1つの胎盤を共有する一絨毛膜性双胎(一卵性双生児)の約10〜15%に発症し、胎盤内の血管吻合を通じて血液が片方に偏る病気です。血液を失う供血児は羊水過少・発育不全、受け取る受血児は羊水過多・心不全となり、未治療では死亡率が高いです。胎児鏡下レーザー手術が標準的治療であり、専門施設での対応が必要です。


私の人生で1番思いもよらなかった出来事。

それが、双子の妊娠とその後の話です。

ヤフーブログに綴っていたのですが、他に移すとかしていなかったので、消えてしまいました。

当時のことを思い出しながら、こちらにも綴っていこうと思います。


2007年の春。

娘1も成長し、年中さんに。

そろそろ2人目欲しいなぁと思い出したところに、妊娠発覚しました💖

そして、9週目のときの検診で双子発覚‼️

しかも一卵性双生児。

同じお部屋にいるベビちゃん。か、かわいい😍

そして、大きな病院に転院。

一気に2人子どもが増える現実にドキドキして、不安な気持ちは当初からありました。

先生から様々な注意事項も聞かされたし。

でも、マタニティライフ大変かもしれないけど、帝王切開で赤ちゃんは無事に産まれてくるだろうと思っていました。


ところが、、

週数はまだ小さいのにどんどん大きくなるお腹。

緊急で病院で診察を受けることにしました。

続く。。