神の愛は千変万化し

さまざまなもの

さまざまな場所に

行き渡っている


まるで水のように



禅がすすめる力の抜き方

平井正修著 文庫版P101より

以下引用

(太字部分は原文も太字)


自然の働きに生き方のお手本を見いだそうとする知恵は、東洋思想の特徴と言えるかもしれません。


天や地や海などの摂理から人間のありようを学び、そこから思想や哲学を編み出そうとする。その心は仏教にも共通したものです。


たとえば、たくさんの自然物の中で、「かくあるべし」という固定化された枠や型から最も遠いものは何か。


そう考えたとき、まっ先に思い浮かぶのは「水」です。


こだわりなく自在に変化して、ひとつに形を定めない水。それは禅の思想をもっとも象徴する自然物である、と言えるかもしれません。


たとえば、「水は方円の器に従う」と言います。


どんな形の容器に入れられても、その形に合わせて姿を自由に変えていく。丸い器に入れられれば丸くなり、四角い器に入れられれば四角くなる。しかも、器いっぱいにみなぎってわずかな隙間も作りません。


器に従って形を変えるだけでなく、平温では液体、冷えれば個体(氷)、温めれば気体(水蒸気)

というふうに、みずから柔軟に姿形や性質を変えていきます。



また、高いほうから低いほうへと、どこへでも自然に流れていき、せき止めれば、そこに素直にたまって池や湖などをつくる。流れる途中で土や石などを運び、削る力ももち、ときにはいっさいすべてを押し流す強大な力を発揮する。


さらには、汚れを清める浄化、濃いものを薄める希釈、熱を冷ます冷却といった能力も有し、雲となり雨となり川となって循環しながら食物を潤し、動物を育てる。


どんな生物も水分の補給なしでは生きていけないのですから、水は生命の根源をなすものであり、魚のような生物をその中に住まわせ、生かしているという点で生命の母体でもあります。


ことほどさように、水ほどいのちにとって恩恵の多大なものはありませんし、いのちの基本をなしている自然物はないのです。


だから、もし、「水のように生きる」ことができれば、それは生命としてとても理にかなった生き方でしょうし、人間としても理想に近い生き方とも言えるでしょう。


中略


素直さというのは、人間が伸びていくうえで、きわめて大事なファクターです。


自分の型や枠へのこだわりを捨てて、周囲からの助言や忠告に耳を傾ける水のような素直さ、柔軟さをもてるかどうか。


それが心の自由さや能力の伸長の大きなカギを握っています。


引用終わり


水のように生きるとは

神のように生きること


千変万化して万物の

命をはぐくみ養う


水のごとく

万物を愛すること


水のように生きたい

水のようでありたい




1番の近道は瞑想です。

瞑想して神の静けさにふれ

内側に静寂の湖を保ちます。


超越瞑想はいいですよ。













神の愛は水のように

万物にいきわたっているが

それに気づいているものは少ない


当たり前にあるものこそ

天の愛であり

天の恵みなのです





感謝せずにはいられませんし

なんとしても守るべきものなのであります。


合掌🙏




内側に保った静寂が世界を守り救います。