三浦春馬様

昨日、あなたの訃報を聞きました。


突然のことで
信じられず

うそでしょ?
と何度も何度も思いましたし

受け入れられずにいました。


春馬くんの死に関する話が
あちこちから入ってきて

本当なのだという思いと
嘘であって欲しいという思いがまじっていました。


なんで?なんで?なんで?
と頭の中はクエンションマークと
言葉では言い表せない感情でいっぱいでした。


夜になって


理由はどうであれ
もう春馬くんには会えないんだ

という事実を受け入れるため


ただ
悲しみに寄り添い
哀しみとともに過ごそうと思いました。




一晩
自分の中の悲しみと一緒にいて

今日は
春馬くんへの感謝が湧いてきました。


春馬くんのことを大好きになったのは
ドラマ「ブラッディマンディ」でした。

当時まだ20代前半だったと思いますが
めちゃくちゃ演技がうまくて

この子すごい!
と感動したのを覚えています。

それからすっかりファンになり
春馬くんが出るドラマは見ていました。

若いのに演技派で
すごい人だといつも尊敬していました。

春馬くんは
わたしのイケメントップ5の一人で
した。







春馬君の演技にどれだけ感動させられたか
春馬君の笑顔にどれだけ癒されたか

ドラマや映画を見て
元気や癒しをもらっていたことを思い出して

今は、感謝の気持ちが湧いています。




悲しみはまだなくならないけど
春馬君の存在が
わたしにとって元気の素のひとつでした。


だから

ありがとうを伝えたい。





春馬くん
ありがとう





もう2度と会えないと思うと
悲しくてショックだけど

春馬くんからもらったものは
たくさんあるよ

ありがとう




ありがとう春馬くん


本当にありがとう





1度も会えなかったことは
本当に残念だけど


春馬くんがわたしにくれたものは
悲しみより

感動とか
癒しとか

そういうものの方が
数倍も数十倍も
数百倍も多いってことを思い出しました。





春馬くん

どうぞ安らかにお眠りください。

今まで
本当にありがとう







ご冥福をお祈りいたします。


感謝を込めて。


Mayumi







仕事がしんどいこともあって

 

 

お休みが嬉しくて嬉しくてたまらず

 

「ああーーー!やっと休みーーー♪」

って

 

お休みの前の日の晩は

よろこびいっぱいだった。

 

 

仕事頑張ってると

お休みがより嬉しいし感謝の気持ちがわくなぁ

 

なーんて思ってたけど。

 

 

 

お休みの日の夜に歯磨きしてて

 

「明日仕事か。。」

 

とブルーになった。

 

 

そんとき思ったんだよね。

 

 

「休みが嬉しい♪

と思うより

 

明日仕事だ♪

休みも良いけど仕事するの楽しみ☆」

 

って思える毎日のほうがいいなって。

 

 

私は

 

なにげなく

ふと思ったことに気づく訓練をしてる。

 

口癖になってることや

習慣になってる事など

 

自分の言動に意識的になると

気づきやすくなるんだ。

 

 

 

わたしは

今日の歯磨きタイムに

自分の望みをキャッチした。

 

 

「休みが嬉しい人生より

仕事が楽しみな人生のほうがいい」って。

 

 

だから設定してみる。

 

 

「休みも良いけど

仕事が楽しみって思えるほうがいい」

 

 

ミツバチのように

喜びで仕事したい。

 

 

あくせく働かず

マイペースで仕事したい。

 

 

「わたしを生きる」

が仕事になったら楽しそう♪

 

 

 

そのために

私は自分の望みを聞き逃さないようにしていこう。

 

 

そんなことを思った夜でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



一瞬、ご機嫌になったものの

そのあともトラブルは続き、

いったい何が起きてるのかわからないくらい

次から次へと起きるトラブル。


毎日、
途方にくれ、

どうしようと絶望に近い気持ちを感じ

トラブルのことを考えては
本来の自分の仕事も手につかず
時間だけがすぎて1日が終わり

さらにそれが自己嫌悪で

気分はどん底で

心身ともに疲れ果てた私は




もう宇宙にやってもらおう

と思った。






「宇宙にやってもらうこと」

諸々のブラブルの解決


「わたしのやること」

お布団で安心して寝ること⭐️



もう丸投げ!

 






あとはよろしく!



と
わたしは結果を天にまかせた。


うまくいくかもしれない
うまくいかないかもしれない

どんな結果になろうとも
それはそうなった方がいいからだ
ということを受け入れようと思った。


要は
どんな結果になろうとも
全ての結果を良きものとして受け入れようと
腹をくくったわけ。






そしたら。

ポロポロと物事が解決しだした。

なんか知らんけど解決していくトラブルたちを
見て


嬉しくもあり
うそーと思う。


そして感謝の気持ちでいっぱいになった。






物事がひとつづつ片付いていく。

トラブルがひとつずつ減っていき
少しずつ気持ちも軽くなり
ホッとしていく。


あぁ、良かった。


本当に良かった。



ありがとう
ありがとう
ありがとう







宇宙の仕事
として丸投げするようになって


わたしは
「頑張らない」ということの本当の意味を理解した気がした。

そして
今までどれだけ自分が頑張っていたかということにも気づいた。






わたしは頑張りすぎていた。

何でもかんでも自分でやろうとしてた。


だからうまくいかなかったんだ。


とういうことが体感できた。





素直に望もう。
素直にお願いしよう。

罪悪感も
無価値観も
全然いらなかったよ。






あーあ。

なーんだ。


そーゆーことか。



力抜けたわ、笑





こんな願い事をブログに書くとか

 

今まで恥ずかしくてできなかったけど

 

今年は思いきって書いてみる

 

 

七夕2020_私のお願い事

 

毎日

願い事書いてみようかな?笑

 

 

中学生や高校生のころに良く書いたおまじないのように

 

アメブロで

おとなのおまじない☆を書いてみる

 

 

いつから

夢は叶わないと思うようになってしまったのか

 

 

自分の夢を思い出す

いいきっかけにしてみよう

 

と

 

わたしは思ってる

 

 

 

 

自分が食べたいものを
自分に食べさせないのは

自分をないがしろにする行為で
自分を幸せにしない行為だ



自分が欲しいものを
自分に与えないのは

自分をないがしろにする行為で
自分を幸せにしない行為だ


自分が行きたいところに
自分を連れて行ってあげないのは

自分をないがしろにする行為で
自分を幸せにしない行為だ


自分が望むことを
不可能だと思い、
却下するのは

自分をないがしろにする行為で
自分を幸せにしない行為だ


自分がしたくもないことを
自分にさせる行為は

自分をないがしろにする行為で
自分を幸せにしない行為だ




わたしは
今まで

どれだけ自分をないがしろに扱い

どれだけ幸せにしてこなかったのだろうかと
思うと




申し訳なくて

情けなくて

自分の不甲斐なさに泣く





ちいさなことからでいい


自分の食べたいものをたべさせてあげよう

自分の着たい服をきせてあげよう

自分の行きたいところへ連れて行ってあげよう







私を幸せにするのはわたしだ