くららです。
本日も
「このブログに遊びに来てくれた人には
想像を超えるすばらしい現実が現れる!」
と設定させていただきます♪
先日、友達と話していて
友達が
「自分がうっかりしたミスをスタッフさんにすごく責められて困った」
と言っていて、その事でいろいろ私の想いをお話しました。
家に帰って
また思ったことがあったので
それを書いてみようと思います。
ふと思ったのは
「うっかりミスをさせられたんだ」
ってことでした。
さっくりはしょって話すと
「私の友達が
Aさんについうっかりしてしまったことについて
「バカにしている」とか、そういう風に言われてしまって
どう説明してもなかなか分かってもらえなかった」
というようなことがあったみたいなんです。
以下、あくまで私の感想です。
***
Aさんは、
もともと
「自分はバカにされる存在だ」
「見下させる存在だ」
「大切にしてもらえない存在だ」
というような(無意識レベルでの)想いを持っていて
最近は、その想いとは違う現実
つまり、
丁寧に扱ってもらえていて
尊重もされていて
大切にされているので
無意識レベルで持っている思いとのギャップを
(これまた無意識レベルで)感じていて
居心地が悪い
なんか気持ち悪い
と(無意識レベルで)思っていたんじゃなかと。
「前提として信じていること」とズレてくると
無意識に合わせたくなる
(だって気持ち悪いから)ので
もともと持っている想い
「バカにされる」
「見下される」
「大切にされない」
現実を創り出す為に
私の友達ににその役を(無意識レベルで)させた。
**
これがあとから思った内容です。
なぜその役を友達がやる事になったのか。
それもまた意味があるのかもしれませんが。
目の前の現実が
望むものであるなら
前提(私的には設定)の方を変えればよいものを
なぜか
人は、現実の方を変えて
前提に合わせてしまうようです。
まぁ
意識5%
無意識95%
らしいので
当たり前っちゃー当たり前ですね。
なにを言いたいかというと
「心底思い込んでるものを変えないと
現実はいつまでたっても変わらない」
ってこと。
むずかしいのは
「自分がなにを心底信じているか気づいていない」
ので
自分の前提(設定)を変えたくても
変えられないし、
たとえ気づいていも
長年信じて来たものを変えるのって
勇気いりますし。
「なぜ最近アドラー心理学が浮上してきたのか」
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嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
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ずっと不思議だったんです。
で、思ったのは
「これからは勇気で生きる時代だからだ」
ということでした。
(アドラー心理学は別名勇気づけの心理学と言われている)
「信じていているものを疑ってみる」
そこから始めてみたら
いいかなと思っています。
本日もありがとうございました。
