くららです。
「変わりたい」「変わらなければ」
と思うと逆に変われないし、変わらない気がしています。
こんなに努力しているのに
頑張っているのに変われないって思っているなら
逆に
「もう、変わらなくて良いや」って思ったほうがなぜか変われたりします。
それは
「開き直り」とか「あきらめ」
というより
「チカラを抜く」「チカラが抜ける」ということになるから、だと思うんですね。
人は
「チカラが抜けてリラックスしている時」が一番能力を発揮できるそうです。
「変わろう変わろう」と頑張っているときは
ぜんぜん変わらないのに
「もう変わらなくていいや」ってあきらめてしまうと
逆に変わってしまうという不思議な現象が起きはじめるのは
チカラを抜くということは
自然体でいるということで
その方がうまく行ってしまうと言う事なのかもしれません。
つまり。
「わたしそのままである」ほうが
どんどんわたしが変わると言う事ですね。
ここで言う「わたしそのまま」というのは
わたしという人に執着するという意味ではありません。
そうですね、例えるなら。。
変わろうとガチガチになっているときは
「氷」の状態で
変わらなくていいやとチカラが抜けているときは
「水」の状態で
どっちが変化しやすいかと言えば
「氷」より「水」の状態ですよね。
「わたしのまま」の意味合いを勘違いしていると
つまり
「わたしは変わってはいけない」とチカラを入れていると
変わりません(笑)
「どっちでもいいや」とチカラが抜けていると変わりやすい、
ということなので
「わたしそのまま」を「わたしのままでいなければ」
と捉えてしまうと、それ逆にしんどいと想います。。
今のわたしは
「変わらなくてもいいや」「どっちでもいいや」
って思っているから変わったんだと想います。
違うな。。
「変わってもいい、変わらなくてもいい」って
どちらの自分にもOKを出しているから変わったんだな。
今のわたしは
どんな自分にもOKを出して
どんどん自分をゆるませているんですよ。
このゆるみがリラックスや脱力になって
結果として変わったんでしょうね。
「だれも自分を責めていない」
「自分を責めているのは自分だけ」
「自分で責めてもまだ足りないときは、他人を使って責めさせる」
(他人は別に責めておらず、受け取る自分が責められていると思っているだけ。なぜなら責められたいから)
ということに気づいたときは
衝撃的でしたが
おかげで
自分を責めを辞める事ができつつあります。
(まだ、クセは抜けきりませんが)
自分を緩ませるとこんなにラクチンに生きられる事にも衝撃を受けますね。
ということで
「どんな自分でもいいんだよ」
をアファメーションしませんか?を提案したいと想います~☆
読んでくれてありがとうございます。
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