映画館でやったいた時から
ずーっと見たいと思っていたくせに


やっと昨日観ました。

なかなか考えさせられる映画でしたね。

究極に追い詰められたとき
人は、本当に大事なものがなにかとようやく気付くのかと思ったり

そこまで追いつめられないと
大切なものがなにかに気づかない
または
分かっていてもそれをいろんな理由
(たとえば、見栄とか照れとか立場とか)
で伝えられずにいるかもしれない、です。


3月の震災で増えたものの一つに
「結婚」と「離婚」があるそうです。


死ぬかもしれない
という体験をして


これからも一緒にいたい

もう一緒にいたくない
とはっきり気づいてしまったんでしょうか

私事でいえば

 
数ヶ月前
とある方とのご縁が切れました。
(といいうか関係性が変わった?)


それで分かったのは
「私はその人にずいぶん依存していたんだ」ということ。

支えがなくなったので
しばらくは一人で立っていることがしんどかったです。

さみしいとも思いましたしね。

でも
どこかでそうなることをずっと望んでいた自分
知り合ってからずっと
縁がきれることを願っていたことも事実。



なんと失礼な行為。


きっと私のそんな思いは
言葉には出さなくても
(いえ、出ていたと思いますが)
相手に不愉快な思いをさせていただろうと思います。


ずいぶん傷つけてしまっていた
と今更ながら反省。。
 
私は、その人を幸せにできなかったなぁと。
(自分はずいぶん助けていただいたのにね)

申しわけない。。。

こう書くと私ってすごいヤな人っぽいのですが
私も意味不明な理由で罵倒されたり
いやがる事を無理強いされそうになったりしたこともあるので
そこはやっぱりお互い様。
 



ご縁が切れるときは
この方法しかないだろう
と思っていた方法で切れたので

想いは実現するもんだなぁと
ちょっとびっくり。



幸か不幸か
日々大変忙しいので
センチメンタルになっているひまがありません(^^;)

そんな中で
最近気がついたのは
「理想をえがこう」
ということです。

これは
ドリプラの福島センセの影響ですね。


理想(青写真)を描かないかぎり
思考も行動も変わらない

理想を描かない限り
10年後も
きっと同じ毎日を送っているにちがいありません。


「理想の関係を描く」



これは次のご縁のために
リアルに描いてみたいと思っています。



最後になりましたが
その方には、いろいろと助けていただきました。
(今もだったりして)
心から感謝しております。

今後の幸せをお祈りしております。