新緑の気持ちよい季節となりましたね。
GWはいかがお過ごしですか(^ ^)?
自分が本気で 成長したい
と思えば身近なところに参考にすべきお手本となる
人物がたくさんいることに気付かされます。
私のママ友さんに 自分で独立して
ビジネスをしている方がいます。
彼女は、いつも冷静で、理性的で、
それでいて誰にでも平等に優しく
人の好き嫌いがなく
しかも
グチや不平不満などもなく
相手の意見も 取り入れつつ
ご自身の意見も しっかりと述べられる
すべてにおいて調和のとれた
建設的・生産的な生き方をしている
人がいます
彼女は強い自己主張があるわけもなく
いつも笑顔で 穏やかで 冷静で
落ち着いている感じ。
だけど冷たいとか 喜怒哀楽がなく
つまらないという感じでもなく
ブレない自分軸をしっかりと
持っている
そういう印象を受けます
彼女と私達は 明らかに何かが
違う・・・
何か特別な違いとか 華やかなオーラとか
私って凄いでしょ
的なものを一切発しているわけでもなく
むしろ控え目なのですが
彼女に一目置いている人は多いのです

しかしそれは、彼女と私とでは
きっと生まれ持っての才能とか
能力が違うんだわ・・・
彼女のことをそう思っているママ友さんも
多いのです。
私も
「彼女と私、何が違うんだろう
・・・
」といつも彼女を観察しながら
自分に取り入れられるものはないかと
見続けてきました。
彼女と私の大きな違いは・・・
彼女: 完全な大人の自立した
女性に成長している
私: まだ成長しきれていない
子供の部分が残っている
そういう違いを感じています。
彼女は感情の揺れ幅がないのです。
誰かに対して、何かに対して
イライラしたり、落ち込んだり、
振り回されたり・・・
ということがありません。
いつも精神が自足されている感じを受けます。
「仕事で大変な時とかないんですか
」と聞くと
「もちろんありますよー
様々な修羅場とかいっぱいありますよ
」って笑顔でサラリと答えてくれます。
でもそこには被害者意識がみじんも
感じられません。
すべて自己責任で解決している
そういう印象を受けます。
私が理想とする人は他にも沢山いますが
共通していることは・・・
自分の感情に
振り回されることがなく
いつどんな時でも
感情をしっかりとコントロール
できている
そして
生産的な生き方をしている人達
なんですね

プロ意識の高さを感じさせてくれる
人達です。
彼ら・彼女達は、仕事で自分達の能力を
最大限に発揮しながらも
それをごく当たり前のこととして受け止め
常に自分を高めていく努力をし続けている
そして常に自分軸をしっかり持ちながらも
相手優先で物事を考えている
仕事のみならず、普段の生活から
立ち振る舞い、マナー、話し方、話す内容、
姿勢、生き方・・・
すべてにおいて洗練された
高いプロ意識 を持ち合わせています。
私も「こういう人になりたい
参考になる部分をどんどん取り入れ
あれこれ学びを続けているうちに
感情のコントロールの術を
少しずつ体得しつつあります。
これは本当に心地よいことです。
自分や誰かにイライラしたり
ストレスを感じたり
落ち込んだりする必要がなくなります。
これまでムダに消耗していたエネルギーを
建設的・生産的な方向に注ぐことができます。
感情のムダ使いがなくなると
必然的に疲れなくなります。
この感情のムダ使いをやめる方法ですが・・・
様々な思い込み
子供っぽい自分を擁護するのをやめる
ところから始まります。
ついイライラして怒ったり、
つい落ち込んで悲しんだりする自分を
「だって人間だもの
そんなの当たり前よ
「私が正しいの
」と心の中で擁護し続けているうちは
そういう自分であり続けます。
また、そういう自分を誰かにわかって
なぐさめてもらいたいと思っているうちは
そういう自分であり続けます。
私はそういう感情に振り回される
自分であり続けることに
窮屈さを感じるようになりました。
実際に自分よりも高い次元で生きている
人達を目の当たりにして
私も変わりたい
私も彼らの意識を学び取りたい

そういう風に意識が変化してきました。
しかし、自分が変化しようとすると
必ず壁にぶち当たります。
「私なんて・・・」という
自己否定の思いです。
自分のことを価値のある存在と
どうしても思えない私にとって
この「私なんて・・・」は深いところで
しっかりと刻み込まれていました。
この「私なんて・・・」という思いは
成長しようとする思いに
ブレーキをかけてきます。
車の運転で、アクセルを踏んでいるのに
もう一方の足でブレーキを踏んでいる
ようなものです。
進みたいのに なぜか上手く
進めない・・・

以前の私のパターンは
頑張ってもがき苦しんで 結局上手く行かず
「やっぱり私なんてどうせ
上手く行かないのよ・・・
」とさらなる自己否定に陥っていました
これは、心の中にずっと
「私なんて・・・」と自分を認めようとしない自分
ブレーキを踏み続けている自分がいて
アクセルをかける足
前に進もうとする力よりも
ブレーキをかける力の方
後ろに下がろうとする力の方が
強かったから
結局前に進めなかったのです

今はその原因がわかり、
「私なんて・・・」という思いは
子供の私の狭い価値観から見た
思い込みの勘違いにすぎなかった
と思えるようになってきたので
この「私なんて・・・」という思いが
にょきにょき顔を出して来た時は
「そんなことないよ。
あなたの思い込みだよ。
あなたは価値ある存在だよ。」
と心の修正をかけるようにしています。
結局は、いかに自分で自分のことを
価値ある存在であると
そう認め、信じ込めるか
これに尽きると思っています。
私の場合は、自信がないことを理由に
受け身である方が心地よい
人に何かしてもらう方が心地よい
と思っている自分がいることに気付きました。
赤ちゃんの頃は親に全面的に頼って
完全なる受け身で生きていました。
成長するにつれて
少しずつ自分でできることも増え
大人になってからは自立した大人へと
成長したつもりでいましたが
「~してもらう」ことが当たり前になっている
自分がいることに気付かされました。
意識の高い人達は
社会に対して ○○に対して
「~してもらう」という意識はなく
むしろ 自分から 積極的に
働きかける意識を持ち合わせています。
もちろんそういう人達に
「私なんて・・・」という自己否定の要素は
みじんも感じられません。
「これが正しいのよ
」という我の強さや押し付けもなく
むしろ一人一人を認め
相手を立てていたりするのですが
いつでもどんな時でも
変わらない自分軸を持っている。
こういう違いを目の当たりにする度に
自分の中に まだまだ子供っぽさを
擁護している自分がいることに
気付かされます。
変わりたいのか
変わりたくないのか
と自分に問うと
これまでの中途半端な自分を卒業して
本物の生き方をしていきたい自分が
はっきりといます。
だったら本気出して
決意と覚悟を持って
自分で変わるしかないんですよね。
「えっ、でも・・・そんな生き方大変そう・・・」
とか
「もうちょっと甘えていたい・・・」
とかウダウダ言ってる自分から
もう卒業して
自分が目指すところへ前進していこうと
思います。
あなたの心の中はいかがですか
「私なんて・・・」と思っている
自分がいませんか
目指したい場所がありますか
最後までお読みいただきありがとうございました

キラキラのGWをお過ごしくださいね