1歳半の頃、母は仕事復帰することになり、
私は初めて保育園に預けられました。
今でも保育園初日のこと、鮮明に蘇ってきます。
母との別れ際、私は無理やり先生に抱っこされ、母は去ってしまいました。
私は先生の腕から身を乗り出し、手を伸ばして、
「ママー!!ママー!!ママー!!わぁぁぁぁぁーーーーーーん!!!」
と、それはそれはものすごい声で泣き叫びました。
私が渾身の思いをこめて大声で叫んでるのに、
母は一度も振り向くことなくスタスタと歩いて行ってしまいました。
その日から、毎日「捨てられた・・・」と寂しい思いでいっぱいでした。
保育園は私にとってはまるで【牢獄】みたいな感じ
同じ年頃のお友達はいっぱいいるし
おもちゃも家よりはいっぱいあるし
ご飯もおやつも出してくれるし
園庭で遊ぶこともできるし
だけど、「やっぱり、ママがいいよ・・・
ママと一緒にいれるだけで、私、幸せなのに・・・
ママが一番いいのに・・・」
今、自分が母親になって、保育園や幼稚園での別れ際、
子供が大泣きしたら「振り向かずにさっさと行ってください」と
先生に言われます。
わが子が泣いているからと気にして振り向いたり、
戻ってきたりすると、子はもっと泣いてしまい、
あきらめがつかなくなると。
母親が去った後の子供たちは、あっさりと気持ちが切り替わり、
すぐに遊び出したりするので、心配しないでください、と。
確かにそういう子が多いかもしれませんが
私はそうではなかった
保育園にいる間、確かに途中であきらめて泣きやみますが、
何をしていても「ポカ~ン」と心に穴が開いたまま、保育園生活を過ごしていました。
この、心に「ポカ~ン」と穴が開いた状態・・・
空虚感・・・なぜだか、空しい・・・
この気持ちは、その後、ずっと私の心の一部となり、大人になっても
ずっと ずっと ずっと
私の中にありました。
夕方、母が保育園にお迎えに来てくれて、一緒に家に帰ります。
私の母は、ただただ忙しかった、だから心にも余裕がなかったんだろうな・・・
と今となってはわかります。
なので、1日孤独と戦った私に、ねぎらいの言葉一つもありませんでした・・・
保育園で1日頑張った私に、
「なぉん、えらかったねぇ!よく頑張ったねぇ!
なぉんに淋しい思い、いっぱいさせてごめんね・・・
ママはお仕事忙しくて、大変だけど、あなたのために頑張るね。
なぉんのことが大好きよ、ありがとうね^^」
と、笑顔で優しく言ってくれて
ギュゥゥゥ~と抱きしめてくれたら
「ママは私を褒めてくれた!嬉しい!!
ママは、私が淋しかったっての、ちゃんとわかってくれてたんだ!
ママはお仕事大変だけど、私のために頑張ってくれてるんだ!
私のこと、大好きなんだ!何だかとっても嬉しい!!」
って、1日の淋しさが逆にプラスに切り替わったと思うのです。
そういう愛情表現が、子供にとって、一番嬉しいもの。
私が母に本当に求めていたのは、
ずっと一緒にいることよりも、何よりも、
褒めてもらう
共感してもらう
事情を説明してもらう
優しく抱きしめてもらう
そういうことだったんです・・・
これって、子どをも『尊重している』証であり、
「自分」よりも「子ども」を大切にしている証
そういうのを、私は感じ取りたかったんですね。
残念ながら、私の母は、そういうフォローが全くなかったので
私の淋しさ・空しさはどんどん募っていきました。
こういう日常の積み重ねの中で・・・
健全な自尊心が育っていくか、
自尊心がほとんど育たないか、
一目瞭然ですよね・・・