花曇り

わたしの好きな天候のひとつ


春のうららかさを

やさしく包みこんでくれるような

なんとなくヒプノのせかいと

繋がりやすいような色あい


そんな昨日は

私が毎月受けている側の

ヒプノセッション

(優子さんのメディテーションワーク)でした



「連続で受けていると

はたしてどうなっていくのか自分実験」

の10回目



セッション内容

自分のものだから

詳しく紹介しちゃいますね



誘導瞑想でゆるめてもらいイメージへ


白い塔内のらせん階段からつながる

アーチ形の出口をゲートにして

潜在意識の旅に出かけます



湧いてくるヴィジョン


最初はオムニバス形式みたいに

細切れで繋がっていきました



●夜の病院の廊下


●青紫のりんどうの花、お墓


●佐渡(田舎)の田園風景と

   女の子(たぶんおばあちゃん)


●日本版モナリザのような

   絵画のような日本女性の微笑


●水色の着物をきた前髪を剃った

   元気溌剌な武家の男の子


●和室にある日本人形風の置物

   (表情がなんだか畏怖するような怖さ)



人形のヴィジョンは

ザワザワする恐さがありました

読み解くの最初はこわかった(笑)



出てきた一連の流れのヴィジョンは、すべて日本


DNA、血、家という、ルーツを感じさせるもの


また、家の繁栄の裏には

戦い生き残ってきた歴史があること


その表裏、らせんの繋がりの

重厚感を伝えてくれた流れでした



ちなみに、りんどうの花

あとから調べたら、なんと熊本と長野の県花


私が深く深く所縁(ゆかり)を感じる

大好きな県の花とは!



次の展開、白い塔のらせん階段にもどります


下に降りたくなり

次にくぐったゲートのむこうは、暗闇



腰かけて夜空を見上げる男性

脇の林から出てくる狼

でも、狼とも仲良し


美しい星空をみながら

気持ちよさと

どこか憂いている心


彼は、私自身の前世な感じがしました


わりと古い時代

古代ギリシャ風の土地や服装
めっちゃ強い剣士で
戦闘ではエースでリーダー
日本でいえば武将的な感じ
超強くてイケメンw

彼は、街の市場で果物をたべたり
白い布のベールをかぶった奥さんもいて
基本的には幸せ

明るく笑う人

そして、戦うことも、国を護ることも
その意味を理解している

でも、この人の精神的視野はとても広くて
相手国の正義も
人は自然のなかのほんの小さな一部であることも
ひとりの生命の重さもわかりながら
戦ってたくさんの人を斬っている

まさに、カルマヨガ
(行為のヨガ。良き業をつむとか奉仕するという意味ではなく、人生で与えられたしごとをただ無心で尽くす、結果を求めない行為のこと)

わかってそれをやれるのってけっこう辛い

人類の歴史
戦いの歴史

そのなかで、人々は生きてて
受け継がれ繋がって
今が紡がれているということ

そして、私たちは違うやり方ができる時代に
さしかかっている


あとから、セラピストゆうこさんに
教えてもらったこと

プラスのエネルギーに
プラスのエネルギーをぶつけ合うのではなく

プラスにマイナスをぶつければゼロになるやり方

戦いの歴史を転換させていく時代に
さしかかっているんだね

そして、再び白い塔へ

気づけば、ひたすらに高い屋上に
仰向けで横になってくつろいでいる

転じると、塔の下の大地に同じように
寝転がっている青年

天地をあらわすような
屋上から大地の転換

丘の下には、赤い屋根の家がひとつみえて
家の横には、何も植えられてない花壇

ふと、妹と笑顔で一緒にはしゃぐ
少年時代のヴィジョンがはさまる

そして、花壇の土をただいじっている
その土の感触がとてもリアルで
あたたかい気持ちに
そして、リアル足裏がとてもあたたかい

不思議

たぶん土は生命の豊穣
そして、育むものだからかな

それらのヴィジョンの意味を問われたとき
魂の自由
パーソナルな愛
家族
という言葉が出る

壮大なDNAのらせん
人類の歴史を感じたあとに

個の魂(じぶん)の大事にするものの
愛おしさや大きさを

肉体を繋ぐ糸と
軽やかな魂の糸の織り成すもの
それが世界の在り方

光と闇
陰と陽
昼と夜
男性性と女性性
表と裏
天と地

そのバランス

善悪ではない

バランスをとっているだけ
とても永いリズムの転変

そして、最後にフェリーが海をいく光景
母の田舎、私のルーツ
佐渡に行けってことだよね

ヒプノは続けていると
啓示のような予言のような
導きになっていく

photo:01



photo:02



photo:03



photo:04


写真は、アパートの傍に咲く
花曇りに映える散りゆく白木蓮

4枚目、右が白木蓮、左がハナミズキ
どちらも偶然わたしが大好きな花の樹
大家さんのセンス最高っ!

地球 LOVE




2023年追記
この記事を書いたのは独身時代
いま読み返すと
今の家族の魂が出てきてます
佐渡もこの頃は
私の夢になるなんて思ってなかったな


✿.•¨•.¸¸.•¨•.¸¸❀✿❀.•¨•.¸¸.•¨•.✿

吉川里奈のパーソナルセッション
ヒプノセラピー・アストロロジー

わたしにとって



からだの本質は、感受すること
こころの本質は、認識すること


いのちの本質は、生きること
みたまの本質は、探求すること


わたしにとって


アーサナは祈り
ヨガは巡礼


祈りとは
自然(宇宙)との繋がり


巡礼とは
源(神)の探求


こころとからだで遊び
いのちとみたまに素直に


いのり
いつくしみ


めぐり
やすらぐ

すべてひとつであったものが

別れ生み出した

ふたつのチカラ



渡す側と
受け取る側

表現すること
認識すること


ふたつを生んだひとつは
ゼロとなり

ふたつはひとつを
探し求める


ふたつのなかに
ひとつがあり

ゼロのなかに
すべてがあることを

識るまで


光も波も
個であり全


ふたつであり
ひとつであり
ゼロであることを

識るまで



その魂の旅を
巡礼と呼ぶ


黎明に還る

参宮橋サロン・モネで

柚楽弥衣さんのセッションを受けてきました


歌声によるヒーリング&リーディング

その人の波動をそのまま歌にしてくれるのですが
言葉ではこの凄さを表現できません

私のエネルギーから紡がれるメロディが
美しくて心地よくて安心します

まず、はじめてすぐに
身体が反応(腸が動くなど)して
感覚も切り替わって
色やヴィジョンがみえてきました

・戦いの女神アテナ
・天とつながる舞を踊る女性(美女)
・自然の中を旅する男性(イケメン)

途中から完全に
意識が違う次元へ飛び(爆睡w)

もどってきたら
既に最後の5分くらいでしたが
身体の感覚がふわ〜〜っと拡っている感じ

そして、感覚的に
右肩から何か
虫的なものが抜けていきました

なんだったんだろうか(笑)

終わってから
リーディングで言われたこともしっくり


左腕に戦いの名残りがあるとか
(実は、弥衣さんが左側に立ったとき
アテナのヴィジョンがみえてました)

今世は平和で穏やかな生き方を選んできてるとか

足元のグランディングが思ってるより弱いから
ウォーキングとか土いじりをするといいかもとか


他にも、私が漠然と感じたり
無意識に選んだりしていたことを
いろいろ伝えてもらい
何度も深くうなずきました


弥衣さんの声は
美しく澄んでいて
それを自分のためだけに
奏でてくれるだけでも贅沢なのに
ヒーリング、リーディング、クリアリング
エネルギーチャージ

素晴らしいシンガーであり、セラピストです



写真
参宮橋サロン・モネの雰囲気です
昼は自然光がいっぱい
夜は柔らかい灯りの中で

*追記:妊娠によりクローズしました






明日は、天体的な一年のリズムの

新たなスタートとなる春分の日

その前後3日間がお彼岸です

彼岸、向こう岸

川のあちら側は
涅槃(ニルヴァーナ)

わかりやすくいうと
あの世とか天界

ヒプノ的にいうと
中間生とか、次元の違うせかい

ヨガや仏教の修行的にいえば
精神の高みを極める(覚る)ことで
辿りつく領域のこと


臨死体験で語られる
死後の世界しかり

チベット死者の書の
向かう先もしかり

古事記でニニギノミコトが
天孫降臨するために降りてくる前にいた
高天ヶ原しかり


お彼岸には
祖霊(ご先祖さま)
すなわちルーツに感謝します


そして
彼岸会(ひがんえ)には
精神性を高めて
目にみえる物質にとどまらない
全ての存在に感謝する


そんな期間です!!


お盆は、向こうからやってきてくれるけど
彼岸はこちらからAccessして

私の存在に繋げてくれて
ありがとうというエネルギーを送信する

(仏教では、六波羅蜜の修行を行い
レベルアップします)


彼岸あけまで
物や時間に追われる現実の
慌ただしさからできるだけリトリートして
ゆるやかでクリアな心で
感謝の気持ちとともに過ごします

お忙しい方も
心を静かにする時間を
少しでもとってみてください


客観的でも、主観的でもない
全観的という、宇宙ホリスティックな考え方は
これからの時代にひろがっていくと思います






下記抜粋

『投影された宇宙
~ホログラフィック・ユニヴァースへの招待』
マイケル・タルボット著

宇宙は客観的存在ではなく全観的であり
私たち自身の住む安全な地域を
ほんの少し越えたところには
未知の領域であると同時に
私たちの精神の一部でもある広大な彼岸
霊的な風景;ランドスケープ
(より正確には心景;マインドスケープ)が広がっている

はたして部分が全体を創造しているのか
それとも全体が部分を創造しているのかを
問うことはできないのである

【なぜなら、部分は全体そのものだからだ】

したがって、万物の集合意識を「神」とよぼうが
単に「万物の意識」とよぼうが
それは何の変わりもないことなのである