今日は 介護について
「家族にしかできないこと」とは何なのか?
先日観たテレビ番組から
ヒントを得た気がしたので
そのことを書きます。
「ご家族にしかできないことを
してくれればいいんですよ」
上記の言葉を あるとき私は
介護に行き詰まったご家族に
かける言葉の一つとして知りました。
どんなに頑張って関わっても
職員はご家族には遠く及ばない。
ご家族だからこそってありますよね。
ところで
家族にしかできないことって
具体的に何なのだろう?
これまでずっと気になりつつも
どこか曖昧なままでいたんです。
「認知症とともによりよく生きる」から得た気づき
さて 先週の真夜中だったか
たまたまつけたテレビで
丹野智文さん(若年性認知症の当事者)が
海外に暮らす認知症のある方と
その娘さんにインタビューをしている番組を見ました。
もう番組も終盤だった上
見るともなしに見ていたので
内容理解は不十分です。
テレビでは
認知症のあるお母さまと娘さんと
お母さまのサポートをする
スタッフの方 1人が映されていました。
お母さまは もともと
家に来た人を
料理でもてなすのが
生きがいだった方のようです。
認知症が進行し 一人では料理を
作れなくなっていたのですが
サポートするスタッフさんの
さりげない声かけを得て
再び料理を作れるようになり
家を訪ねてきた娘さんに
そんなサポートを得て作った
「おふくろの味」を
また振る舞えるようになったそうです。
そんな場面が流れました。
印象的だったのは娘さんの話でした。
娘さんが語っていたのは
以下のような内容でした(うろ覚えです)。
『以前は「認知症」に対応していただけ。
薬を飲んだのか?○○は大丈夫か?
今は母と以前のように
親子の会話を楽しめている』
娘さんによると
自分が介護をしていた頃は
お母さまへの関りは
「認知症の症状に対応するケア」であって
親子の普通の会話ではなく
苦痛を伴っていたそう。
でも介護サービスを導入したことで
お母さまが料理をしている間は
娘さんは別の部屋で
料理が完成するのを待つだけになった。
そして 仕上がった料理を
得意そうに運んでくるお母さまと
談笑しながら食事を楽しむだけ
という
これまでの母親と
これまでの自分の関係を
再び取り戻せたそうです。
そうなんですよね。
スタッフでは
気心知れたご家族のようには
一緒に食卓を囲めないと思います。
「そういえば 昔…」
などという 思い出を伴った会話も
ご家族のようにはなかなかできないなあ
介護は家族がしなくてもいいのでは
認知症と診断されたお母さまは
家族以外のサポートを受けることで
ご家族に対してこれまでのように
「得意な料理でもてなす」役割を
再獲得ができた。
ご家族も これまでのように
もてなしてくれる母親に
甘えられる娘に戻ることができた。
これがうまく叶うならば
認知症ケアはスタッフに任せて
ご家族は ご自身の人生と生活に
これまで通り
集中できるのではないか?
認知症になっても
これまでの自分の役割を失わず
生活ができるようになるんじゃないか?
そんなことを思いました。
我が家のことを想う
余談ですが
我が家の認知症のある家族は
介護スタッフではなく
気心の知れた家族に
ずっとそばにいてもらうことを
望んでいます。
そばに居るというのも
ただ同じ空間に居るだけではダメで
今 感じている不安や寂しさに
ずっと寄り添ってほしいのです。
でも残念ながら
それは 難しいんですよね。
他の家族が本当に使いたい
時間や活動に向かうはずの
明るいエネルギーが
どんどん削られてしまい
認知症のある家族への
嫌悪に変わっていってしまうから。
いつまでも 大好きで
大事な家族で居続けるために
適度な関りと 距離をとることの
どちらも必要なんだと
ただいま 実感中の萩家です。
なので介護サービス導入を
渋りながらも どんどん介護で
疲弊してきてる相方さんに
今夕は ちょっと強めに更なる
サービス追加の利点を力説してきました。
お二人のペースを見守ると言いつつ
この始末
こんな嫁でごめんなさい![]()
本日も
最後までお読みいただき
ありがとうございました![]()
介護予防と認知症予防のパートナー

