地震から2日後に職場に行きました。
当時三宮に勤めていましたが電車は神戸駅から不通になっていたので自転車で行きました。
住んでいた町から三宮までは30kmほどありました。
国道2号線は自転車と単車で溢れていました。
実際、車道の半分を占拠していました。
使っていなかったであろう単車を引っ張り出してきたんでしょう。
後輪が8の字を描いているものもありました。
そして途中、震度7だった地域を通りました。
それは無残で悲惨な光景でした。
多くのマンションは1階部分もしくは2階部分がぺしゃんこになっていました。
1階部分が駐車場であるものはまだ良いのですが、そうではない建物をみると本当に心が痛みました。
ちょうど断層と断層の間に建っていたのでしょう。
建物が縦半分に崩れ、各部屋のダイニングキッチンが丸見えになっているマンションもありました。
確か5階建てぐらいだったと思います。
他にも、2階建ての家が倒れようとしているのをBMWが必死に身長を縮めながら支えていた、というのもあります。
やっと職場に着いてドアを開けると、そこはビルの一室だったのですが、すべてのものが部屋の片側に集まっていました。
あの、おなじみのスチール製の事務机は縦に3段重なっていました。
間違いなく就業時間中に地震が来ていれば、自分の命はありませんでした。
困ったのは食べ物です。
住んでいるところでは、少ない量の食料品は入手できたのですが、震度7だった地域になるとそれは非常に困難を極めます。
社員7、8人で探しましたが見つけることはできず、近くの中華街に行ってやっと凍っている肉まんが5つか6つ入っている袋を入手することができました。
それから、なんとか職場の片づけが終わりました。
マウスのボール(当時のマウスは光学式ではなく、中にボールが入っていてそれを転がしてカーソルを動かしていました。)を取り出し、床に落としてみると勢いよく転がっていきました。
こんなに歪んでいるのかと、皆で驚きました。
1週間後の再会を約束し、会社を後にしました。
どんなに自転車をこいでも、風が冷たくすぐ暗くなっていく光景が今でも忘れられません。