殺人事件が発生してから7年、発生直後に交通事故死した男性が事件に関与した疑いが強まったというニュースが流れた。

 

本当にやりきれない。

 

遺族やご友人の方の悲しみはとても深いことと思う。

 

辛いニュースだ。

 

しかし、このニュースだけではない。

 

実際、毎年たくさんの人の命を奪われている。

 

殺人や事故と言った人為的なものもあれば、

 

地震や噴火といったどうしようもないものもある。

 

一口に地震といっても様々な要素が絡んでおり、

 

中には人為的とされるものもある。

 

最も多いのは病気と老化だ。

 

考えると人は様々な仕方で命を失い、結局はすべての人が命を失ってしまう。

 

でも、その死に伴う悲しみは様々だ。

 

祖父が亡くなった時42歳だった。

 

わたしはまだ生まれていなかったが、祖父の死を語る父は寂しそうだ。

 

病死だった。

 

祖母が最近亡くなったのだが、85歳だった。

 

悲しいのだが、

 

それと同時になんとも言えない安堵のような、

 

そんな不思議な気持ちもある。

 

もちろん、殺人事件など他の人によって奪われた命の悲しみは深い。

 

どうして、こんなに差があるのだろう。

 

人はいつか必ず死ぬ。

 

どんなに裕福な人も、

 

どんなに恵まれない人も、

 

死んでしまえばほとんど変わらない。

 

命という単位で考れば同じだ。

 

でも、人によってはその死に伴う悲しみは様々だ。

 

この悲しみの差とはなんだろう。

 

命の奪われ方の違いにあるのだろうか。

 

確かにそうとも言える気がする。

 

だけどそれだけでは説明できない、

 

それよりもっと深いものがある気がする。

 

おそらく、その人の尊厳が尊重されたかどうかによるのではないだろうか。

 

病気や老化による死も非常に辛い。

 

だが、悪意ある人間による死はもっと辛い。

 

亡くなった方の尊厳が踏みにじられ、無残な仕方で扱われたからだ。

 

同じ命と尊厳を持つ人として憤りを感じる。

 

人は命より尊厳の方が大事なんだ。

 

人の尊厳を大切にする社会になってほしい。

 

わたしも人の尊厳を大切にする人でありたい。