「だいたい、ちゃんと観ることが出来るのか?」
と日本舞踊の先生に言われたことがあった。
お師匠さんの稽古場兼ご自宅は八丁堀駅前にあり、四谷三丁目の自分のスタジオから平日の昼間に通っておりましたが、先ず稽古始めはお師匠さんのお話を聞くところからはじまります。
亡くなられた旦那様の関係で芸能界に精通があり、時代劇や演歌歌手の所作指導もされていたので、いろんな方のお話を伺いました。
「〇〇のお子さんが亡くなられてね。。。まだ若いのに可哀想に」等、ニュースで報道される1週間前には知らされていたり、吉川〇司さんからお歳暮で送られてきた新巻き鮭一匹なんかは、
「私、独り身だからとても食べれないから持ってって!」
と大きな箱を抱えて四ツ谷まで帰ったこともありました。
どうやら、お子さんの入園試験の面接の為の礼儀指導をしたお礼らしいのですが、面接で芸能人が来たら一発合格なような気もするところを、キチンと勉強して挑む吉川晃〇さんもしっかりした方なんだな、と思いました。
「男なんだから、ちゃんとした店を知らないと歳いって恥をかくよ!」
と銀座の政治家が来るようなお寿司屋、その後帝国ホテルのバーラウンジでカクテルなど、いろいろな所へ連れて行ってくださり、大変可愛がっていただきました。
庸子先生のご紹介だったこともあり、日比谷の真夏の夜のフラメンコも観に来てくれてくださり、そうあれはちょうどテーブルアレグリアスをしたときでしたが、日舞的な見方の感想も頂き、貴重な経験を出来た時代でありました。

フラメンコというスペインの文化を修行するにあたり、その文化にとって外国人である自分=日本人である自分の国の文化も知らないのは如何なものかと始めたのがキッカケであり、決して日本舞踊家になるつもりではなかった。
敵を知るには先ず味方から的なものであったが、「だいたいアンタは、腕や脚が長すぎるんだよ!」と今まで肯定されてきたことが否定されたので、この時点でもう邦舞には向いていないのである。

中央区主催の和物の合同発表会(日本橋公会堂)に半ば強制的に出演することになった。
参加費は掛からなかったのですが、舞台に出る為の着物をお師匠さん御用達の日本橋の呉服屋で誂えたので数十万掛かってしまいましたが(しかし、雪駄はお師匠さんがプレゼントしてくださいました)、それより何より、本番までの半年弱、月に2〜3回程度の稽古で一曲の振付を覚えるのがとても難しかったので、不本意でしたがビデオ録画の承諾をお願いして言われたのが、上の言葉です。
昔、アドリアンとカディスのヒターノ達のブレリアパーティーの動画を観ていたとき、
「今の見たか!?肩でメディオで抜けたんだよ、オーレー!!だけど後ろのおばちゃん1名が、ちゃんと見れてないから、一緒にレマタールできていないな。。。」
と言われたとき、それに全く気付かなかった自分が恥ずかしかった。
それとは別にYouTubeで、外国人バレエダンサーが物凄い回転数のピルエットを回っていた動画を観ていて『スゲェ〜なぁ〜!』と思っていたら、一緒に観ていたヒヨコ先生が
「ダメよこれ!プレパレーションから回り始めるとき、軸足の踵が後ろに逃げているからズルしているわ!良くないわよ!」
と言われた時も、気付かずに喜んでいた自分が恥ずかしかった。
一流の人は当然の事ながら【観る目】も一流で、瞬時に細かい所に気が付けるのである。
その時以来、【観る】ということに気をつけ始めた。
ただ「カッコいい」「すごーい」ではなく、踊り手としての目を養うことに注意を払ってきた。
東京クルシージョ参加者のグループLINEで、僕の持っている秘蔵の動画、市販もされていない、YouTubeにもアップされていない動画をアップして紹介することを始めた。
それと同時に何処を観るべきなのか、何処に注意を向けるべきなのかという見方のアドバイスも付けて、紹介している。
見方を知らないと、宝の持ち腐れなのである。
もし僕に何かあって今後教えることが出来なくなったら、これらの動画素材は消え去ってしまうも同然になる。
なので、何らかの形で残しておこうと始めたのですが、こんなことを考える年頃にもなってしまったものです
最初の日舞のお師匠さんのお答えですが、次の稽古で「おおー、ちゃんと出来てるじゃん!」と褒められました