そうなんですよ、どうしてもどうやっても踊りは難しいものです。
その上僕が細かいことを、やいのやいのと言うものですから、生徒さんも大変です![]()
11月のクルシージョも無事に終了しました。
今回も細かいこと沢山やってしまいました。
ホタ倶楽部なんかも、新しい方がいらっしゃると基礎的なテクニカから説明しています。
ホタを踊るわけではないのですから、何も振付を覚える必要はないのですが(覚えられたら、もちろんそれは良い!)注意点はきちんと意識出来るようになると、動きの【質】が変わってきます。
「舞台の所作」というものは、お客様から観たとき・聴いたときというものが基準で作られています。
客席から観た時に、このように動くと美しく見える、このようにポーズを取るとカッコよく見える、このように音を出すと綺麗な音が響く、客席の一番後ろまで音が届くということを、長い歴史の中で先人たちが研究して編み出して受け継がれてきました。
それらは全て客席に対する「礼儀」といっても良いでしょう。
故に「テクニカ(技術)」というものは、それを飛ばして動いていても単なる運動にしかならず、アートにはならないのです。(スポーツを否定しているわけではありません)
先ずはこの「礼儀」から身に付けないといけません。
これは、意識することが大切で、しっかりできないとダメだ!と言っているわけではないのです。
例え下手くそでも、これを意識していればそれは「好感の持てる踊り」になるし、逆にどんなに上手くても、物凄い技術が身についてもこれを弁えていないと「品のない踊り」「好感持てない踊り」となってしまいます。
解剖学クラスで、骨盤と大腿骨の関係、股関節の動きをやりましたが、最後にそこを意識したお辞儀の方法をお教えしました。
「有難う御座います」とお辞儀をするとき、どこを曲げるのかという意識について説明したのですが、「有難う」「有難い」という言葉は、人に感謝を伝えるときに、何かしていただいたときにいう言葉です。
しかし本来は、読んで字のごとく「有ることが、難しい」という意味で、そこに有ること、存在していることが難しい、稀である、しいては奇跡であるというニュアンスがあり、していただいた「行為」にだけではなく、その方の存在、そしてそれを受けた自分の存在も含め「有り難し」であり、そこまで意識して「ありがとうございます」とお辞儀をしたとき、その動きはアートになります。=つまり人の心に響くものとなります。
そこまでいかなくても、何かしていただいたとき「ありがとう」と言うことは礼儀であり、人付き合いを良くする技術(テクニカ)であり、それが出来なければ「好感が持てない」となり、踊りも同じことなのであります。
と書く言う僕も、それを気を付けながら練習をしておりますが、なかなかね、難しいものです![]()
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しかし生徒さんのお陰で、それを常に気を付けていようと思えますので、本当に有難いことです<m(__)m>
来月もしっかり準備してクラスを行いたいと思います。
よろしくお願いいたします![]()


