絵画は「絵の具」で描きますが、その絵の具は「顔料」という色の粒子で出来ています。

例えば顔料にアラビアゴムを混ぜると、水彩と呼ばれる水性の絵の具になりますが、このアラビアゴムが接着剤の役割をして絵の具を画面に引っ付けてくれるわけです。

この接着剤が膠なら日本画(絵の具)になるわけです。

 

水性絵の具は水で溶けばよいので扱いやすいと思いますが、その反面耐久性が弱く、乾いた後でも水をかけてしまうと滲んでしまう恐れがあります。

反対に油性のものは、顔料の粒子周りに油膜を張って強固になるため、一度乾くと同じ油を掛けても溶けて滲むようなことはございません。

 

水性のもう一つの特徴は、粒子の間に光を通して画面(普通は白)の反射を使い色を発色させることです。

 

なので色を重ね塗りすると、絵の具本来の発色が損なわれることがあります。

ここが水彩の難しいところ。

計算をして描いていかないと、色がどんどん濁っていき取り返しのつかないことになります。

 

その逆で、粒子の周りに油膜を張る油性絵の具は、その油膜が反射板の代わりになり粒子間で乱反射が行われ、それが発色となり目で認識されます。

故に画面の白を活かす必要はございません。

なので油絵の具は重色に適していて、重ねると深みのある色となりますが、これとて重ね具合を間違えると色が濁ってきます爆  笑

古典絵画の肖像画などでよく見る背景が真っ黒なやつは、はじめから黒を塗っているわけではなく、色を重ねていく順番が決まっていて最終的にあの漆黒色が出来上がります。

その手順を学ぶために、工房というものがあったわけです。

絵画理論的なものですね。

 

水彩も油彩も、それぞれの良さがあり、そして難しさを持ち合わせます。

画面の白を活かすために、水墨画や日本画はあの独特な空間を醸し出しますが、描かずにある空間は「間」と呼ばれるもので、絶対に「紙の白」に見えてはいけないわけです。

舞台の神様と言われた歌舞伎役者の六代目・尾上菊五郎は「“間”は“魔物”の“ま”」と常に気に掛けていたそうですが、日本の文化はこの「間」に命を懸けるところがあります。

舞踊なら、動いている時ではなく止まっているときの時間と空間を、音楽なら音を出していないところになるわけです。

これをしくじると「間抜け」となるのです笑い泣き

 

ここが根本的に日本のものと西洋のものの違いになるわけですが、フラメンコのリズムは音の粒子を乱反射させているように僕は思います。

単音だけでしたら「モノ/mono」のリズムですが、複数のリズムが同時進行していくことを「ポリリズム」と言います。

「単」の「mono」に対して、「複」の「Poly」ですが、油絵の具同様、ただいっぱいの音の粒が同時進行してるだけでは「濁り」となり、それぞれの乱反射作用で美しく光る音、つまり美しい響きになる必要があると思います。

 

また、それぞれの音も他のリズムの光を反射しているが如く、一人でパルマを叩いていても、他のリズムの反射を含む音は深みのある、空間の広がるリズムになります。

これを僕は勝手に「リズムの倍音」なんて言い方を、クラスでしております笑い泣き

 

もちろん西洋の音楽とて、音を出していない「間」の部分は大切ですが、我々にとって難しいのはやはりこのポリリズムになるかと思います。

自分で打っているリズムのみにしか注意が行かない、という感じです。。。

 

リズムのクラスでどうやってこの「ポリリズム」を理解できるか、感じられるようになるかと教材CDなんか作ってみましたが、自分の練習にも使えるので、手間かかったけど作って良かったです照れ

 

さて、明日から東京クルシージョ頑張ってまいりますおねがい