リズム、または音楽自体がそうですが、目に見えない世界なので説明に困る時が多々ございますえーん

 

特に【間/ま】のことになると、いくら口で:

 

「リズムと言うのは出ている音ではなくて、その間の出ていない部分のことを言うのです!!

 

と言ってもほとんどの方に『はぁ~!?びっくり』と思われるので、これはどうしたら良いものかとずっと悩んでおりましたあせる

 

しかしながら、そう説明している自分でも、言っていることが抽象的であるということは分かっているし、事実自分の中ではその音と音の間の部分を聴いているというより、観ていると言った方が感覚的に正しいので、『わかる人にだけでいいや笑い泣き笑い泣き笑い泣き』とも正直思っておりました土下座

 

そんな中、最近発見したのが、絵画で説明したらよいのかという部分でございます音譜

 

そう、自分自身が聴いているというより観ているという感覚なのであれば、目に見えるもので説明できないかと考えてみた時に、とても良い方法を見つけることが出来ましたラブラブ

 

それは!!

リズムの【間】というものは、絵画でいう描かれていない部分であるということ音譜

 

また、『はぁ~!?びっくり』と思われる方が多いかと思いますので、手短に言っちゃいますゲラゲラ

 

長谷川等伯の松林図屏風、この絵を知らない日本人はいないかと思いますが、

こちらですね音譜

 

つまり、この絵の描かれていない部分が【間】と同じと言う訳でございますちゅー

 

厳密にいうと全く手を入れてない部分はほとんどないと思いますが(淡い色でトーンを調整している)、しかいこの大きな屏風の面積の中で松が描かれている面積はほんの少しです。

 

皆さんは、この描かれていない白の背景の部分に何を感じますでしょうか?

または、何を観ていますでしょうかはてなマーク

この絵を見ながら、ちょっと想像してみてくださいデレデレ

松と松との間の、描かれていない空間から見えるものを感じ取ってみてください土下座

 

はい!!その感覚が私の言う「音と音の間を観ている」と言う感覚になりますおじぎ

 

しかし、音が出ていない部分すべてが【間】であるというものではありません。

 

上の松林図ですが、何も描かれていない真っ新な屏風だったら、その白い部分からは何も感じられないのは当たり前のことです。

この松のポジション、墨の濃さ、フォルム、全てにおいて素晴らしいバランスが取れているために、描かれていない部分にも世界が生まれてきます。

 

だから音の世界も一緒で、その音符の時間的なポジション、音質、ボリューム、それらが整って初めて【間】というものが生まれてきます笑い泣き

 

なので逆な言い方をいたしますと、上の絵であるなら、松を描いているようで実は余白を描いているラブラブ

リズムの世界でしたら、出ている音を演奏しているようで、実は音が鳴っていない部分を演奏している!!

という感じでしょうか音譜

 

奥が深いです。。。笑い泣き

 

絵なら紙の白、音なら無音の間照れ照れ照れ

 

 

なかなかの長さのブログになってしまいました。。。汗汗

折角なので、徹底的に長いブログにしちゃいますねてへぺろ

 

私の大好きな民俗学者の吉野裕子さん(1916~2008)の陰陽五行説の本に【白色の呪術】というものがあり、五行説から言うと白色の象徴するものは【金気】【酉】つまり西の方角で、この方角には【言】というものも象徴されるそうです。

 

日本神話でも、垂仁天皇の皇子・誉津別命(ほむつわけのみこと)は唖(口がきけない)であったが、白色の鵠(くぐい=今の白鳥)見て初めてものを言い、西の出雲大社を拝むことによって完全に失われた言語機能を取り戻したそうですウインク

この「鵠」は「鳥」と「告」と言う字からなりますが、「告」は「言」と同義です音譜

 

現代語でも「白状」「告白」「敬白」「独白」と使うように、「白」が「言」の意味を兼ね備えていることが面白いですラブ

 

「余白」という言葉がありますが、「余る」は数量を超えている、残りが出るといった意味です。

これをこの単語の「白」を「言」にすると、「言葉」が多すぎて「余って」しまうとなります。

 

フラメンコでも最近では、細かくて速いリズムが主流になっておりますが、本当は3連符や4連符の細かいリズムを打つことでななくて、3拍子や4拍子のアクセントだけを打つマルカール(マーキング)のリズムだけで聴かせることの方が難しいのです。えーん

まして、そのテンポが遅ければ遅いほど、【間】が開くので超難しい爆弾

 

【間】だけで聴かせることができるアーティストになりたいものです、ハイごめんなさい