今まで私は目に見える踊りより、音楽やリズムの方が難しいと思っていた
踊りは後で自分の映像を観れば下手くそだなとショックしたり、『あっ!あそこであんなことしちゃってる
』と気づくことができるが、目に見えない音は例え後で録音を聞いても、耳がしっかりしていないと自分のリズムが入っているのか入ってないのか分からないし、勘違いもしやすい分、難しいと思っていた。。。
このところずっと、生徒さん達にどうやって説明したらよいのか分からずにいた。。。
昔から「走るな~~~
遅れるぅぅぅ~~
」など怒鳴り散らしていたが、肝心の本人がそれをわかっていなければ、また同じ過ちを繰り返す
どうやったらそれがわかるのか・・・
それが自分の中でもテーマであった
然るに、どうやら生徒さんと自分の違いは、己が出しているリズムを音楽として聞けているか否かにあると火曜日のサパテアードのテクニカで気が付いた
誰も外そうと思ってパルマやサパテアードを踏んでいるわけではない。
むしろキチンとしたリズムで綺麗にコンパスに入れたいと思っているはず
そこに落とし穴があるというか。。。
一生懸命、コンパスに入れよう、速度について行こうとするために、肝心な自分のリズムを音楽として聴いていないのだと思う
だから他人が外しているのは分かるのに、自分のはわからない
自分の出しているリズムを、自然の中で聞こえてくる小鳥のさえずりや、風の音を聞くように、集中して音楽として聴いてみよう
コンパスや速度に合わせることに集中せず、自分が出しているリズムにコンパスが聴こえてくるか、速度についていけているかに集中しよう
とりあえず、現時点ではこんな回答を自分の中で出して教えている
そんな訳で、今はリズムよりも難しいのは舞踊だったかな…
と考えてしまう
この理論で行くと当然、舞踊も同じことで、自分が踊っている動きを舞踊として観れることにかかってくるのではないでしょうか
リズムと一緒で、一生懸命音楽に合わせようとするあまり自分の音を音楽として聞いていないのと同様、一生懸命動きや型を追うばっかりに、自分自身の姿を観れていないのかもしれない
しかしここで言いたいのは、【自分自身の姿を観る=鏡を見る】ということではないこと
鏡の姿は、本当の姿ではございません
先ず左右逆転していること
そして、平面であること
ではどこから自分の動きを観るか
それは身体の中から見るしかないのです
ですから、ちゃんとした先生にきちんと直してもらいながら稽古に稽古を積んで、身体の中から型や動きを浸み込ませていくしかないと思います
鏡で確認をしなくても、踊っていて自分の動きを身体の中から観ていることができる
これが舞台空間で踊るためには必須なことなのだと改めて考える今日この頃
このことを考えると、本当に舞踊と言うのは難しいと感じる今日この頃。。。
動いていても難しいし、静止していても難しいのが舞踊です

踊りは後で自分の映像を観れば下手くそだなとショックしたり、『あっ!あそこであんなことしちゃってる
』と気づくことができるが、目に見えない音は例え後で録音を聞いても、耳がしっかりしていないと自分のリズムが入っているのか入ってないのか分からないし、勘違いもしやすい分、難しいと思っていた。。。
このところずっと、生徒さん達にどうやって説明したらよいのか分からずにいた。。。
昔から「走るな~~~
遅れるぅぅぅ~~
」など怒鳴り散らしていたが、肝心の本人がそれをわかっていなければ、また同じ過ちを繰り返す
どうやったらそれがわかるのか・・・

それが自分の中でもテーマであった

然るに、どうやら生徒さんと自分の違いは、己が出しているリズムを音楽として聞けているか否かにあると火曜日のサパテアードのテクニカで気が付いた

誰も外そうと思ってパルマやサパテアードを踏んでいるわけではない。
むしろキチンとしたリズムで綺麗にコンパスに入れたいと思っているはず

そこに落とし穴があるというか。。。

一生懸命、コンパスに入れよう、速度について行こうとするために、肝心な自分のリズムを音楽として聴いていないのだと思う

だから他人が外しているのは分かるのに、自分のはわからない

自分の出しているリズムを、自然の中で聞こえてくる小鳥のさえずりや、風の音を聞くように、集中して音楽として聴いてみよう

コンパスや速度に合わせることに集中せず、自分が出しているリズムにコンパスが聴こえてくるか、速度についていけているかに集中しよう

とりあえず、現時点ではこんな回答を自分の中で出して教えている

そんな訳で、今はリズムよりも難しいのは舞踊だったかな…
と考えてしまう
この理論で行くと当然、舞踊も同じことで、自分が踊っている動きを舞踊として観れることにかかってくるのではないでしょうか

リズムと一緒で、一生懸命音楽に合わせようとするあまり自分の音を音楽として聞いていないのと同様、一生懸命動きや型を追うばっかりに、自分自身の姿を観れていないのかもしれない

しかしここで言いたいのは、【自分自身の姿を観る=鏡を見る】ということではないこと

鏡の姿は、本当の姿ではございません

先ず左右逆転していること

そして、平面であること

ではどこから自分の動きを観るか

それは身体の中から見るしかないのです

ですから、ちゃんとした先生にきちんと直してもらいながら稽古に稽古を積んで、身体の中から型や動きを浸み込ませていくしかないと思います

鏡で確認をしなくても、踊っていて自分の動きを身体の中から観ていることができる

これが舞台空間で踊るためには必須なことなのだと改めて考える今日この頃

このことを考えると、本当に舞踊と言うのは難しいと感じる今日この頃。。。

動いていても難しいし、静止していても難しいのが舞踊です


