未だ読み終えておらず・・・定本・武智歌舞伎全六巻。
1冊が辞書みたいに厚い上に、かなり難しい内容なのでもの凄く労力を要します。
要する分、得られるものも多いのですが・・・
この中に含まれている【舞踊の芸】や【三島由紀夫・死とその歌舞伎観】は単行本で購入し読みましたが、読み終えるまで、それはそれは時間が掛かりました。
そもそもこの方を知り得たのは、数年前とある歌舞伎で四代目の坂田藤十郎さんを拝見した時、共演されていた他の役者さんとは何か違う、偉才なオーラを感じて『此の方ってどんな人なんだろう!?』と疑問を持ち調べていくうちに「武智歌舞伎で実力を身につけ・・・」と知り、『武智歌舞伎?』と調べていくうちに【舞踊の芸】という本に辿り着いた。
後でわかったのですが、私の大好きな故・中村富十郎さん(日舞の先生も【踊りの神様】と崇めております)も武智歌舞伎のご出身。
「芸のパトロン」とも言われ、家の財産すべてを日本の伝統芸能に注ぎ込んだその功績は本当に素晴らしいものだと思います。
詳しくはこちらをご覧ください、→【武智鉄二】
先日の庸子先生の舞台で演出に携われた作家の松井今朝子様も武智鉄二様のお弟子さんでした。
『師父の遺言』という著書の中で詳しく書かれています。
武智様のお話し、その著書について書き始めると大変なことになりますので止めておきますが、もし誰かに「今まで観た歌舞伎の中でどれが印象に残っていますか?」と聞かれれば、私は間違いなく武智鉄二演出、谷崎潤一郎原作の【恐怖時代】を挙げます。
昔、ブログにも書きました。
今朝子様の著書の中でも「武智氏の性癖が谷崎氏に似ているからでしょう」と書かれているように、武智氏は谷崎文学の映画化にも力を入れ(私、すべて持っておりますが・・・)、ことこの【恐怖時代】に於いては当時かなりやばい演出作品だったと推測されます。
あまりの血みどろ残酷さに、警察から演出を変えるようにと忠告があったぐらいそれはもう凄まじかったようで、一時は自粛したものの、原作者の谷崎氏が来場するということでまたもとの演出に戻したら、「うむ、私の描いていた通りだ」と谷崎氏を唸らせ感心させたぐらいのものですから(1950年)、昨年の納涼歌舞伎で観た【恐怖時代】はまだ手緩かったのではないかと思われます。
彼が演出を手がけていた当時、谷崎氏はこの戯曲のことを「台詞は変えても構わないけど、ト書きは自分でもよく書けていると思うので変えてほしくない」というようなことを言われてたそうで、原作を読むと確かに、昨年観た演出はト書きの表現と違う部分が多々あったので、当時(初演)のものを観てみたかった。。。
例に原作に書かれているト書きとは:
※一刀の下に眉間を割られたらしく、熱に溶けた飴のように顔の輪郭が悉く破壊されて
眼球と歯と舌だけがはっきり飛び出て居る。
や
※一生懸命に叫びながら逃げようとする途端に、後ろから脳天の骨を横に殺がれる。
髪の毛と頭蓋の生皮が剥ぎ落とされて、真赤な、むごたらしい坊主頭になる。
などなど、想像しただけで恐ろしくなる。。。
昭和52年だか、53年の時に1日だけ武智氏の古希祝いとして主役を中村歌右衛門氏が勤め再演されたらしいが、それにもかなり興味がある。
あぁ~観てみたかった!!!
あっ!私別に、血が好きだとか殺人願望があるわけではございませんのであしからずm(__)m
しかし最近、同氏の【秘密】という短編小説をテーマに映像作家さんたちと実験的に作品を作っていて、このところ【恐怖時代】のことは忘れておりましたが、再びいろいろ探していたらなんとこの【恐怖時代】が映画化されていたことを知った。
早速購入して観ましたが、谷崎氏の言う「ト書きが上手く書けた」という観念があったため、ちょっと物足りなかった。。。
印象に残ったのは若かれし頃の田村正和の美男ぶりだけで・・・
しかし、演出・脚本はその時代によって、そして演出家の感性によって変わるのは当然。
だからこそ原作を読んで、その時代を熟考し、また次世代で脚色されたものの時代背景なども考えてみるべきなのでしょう。
「原作と違う」と頭ごなしに否定するのは非常に危険なことのような気がする今日この頃。
原作通り忠実に演出すれば良いかと云えば、そうでもありません。
いずれにせよ、一つの作品を作るためにはいろいろ研究するべきで。
しかし私はこの、読む、調べる、熟考する、少しでも気になったら徹底的に追求してみるという作業が大好きです。
ここに時間を掛ければかけるほど、実践に入る時にいろいろなアイデアが生まれてくる。
但し、これが本番ギリになって肝心の踊りの稽古が足りなくなるのがたまに傷・・・
はい!頑張りますm(__)m
来年の夏あたり、【納涼フラメンコ】としてスタジオコンサートで恐怖時代に挑戦してみようかな
あはは
あっ!その前に来月の【Secreto/秘密】を勤めあげなければ。。。
1冊が辞書みたいに厚い上に、かなり難しい内容なのでもの凄く労力を要します。
要する分、得られるものも多いのですが・・・
この中に含まれている【舞踊の芸】や【三島由紀夫・死とその歌舞伎観】は単行本で購入し読みましたが、読み終えるまで、それはそれは時間が掛かりました。
そもそもこの方を知り得たのは、数年前とある歌舞伎で四代目の坂田藤十郎さんを拝見した時、共演されていた他の役者さんとは何か違う、偉才なオーラを感じて『此の方ってどんな人なんだろう!?』と疑問を持ち調べていくうちに「武智歌舞伎で実力を身につけ・・・」と知り、『武智歌舞伎?』と調べていくうちに【舞踊の芸】という本に辿り着いた。
後でわかったのですが、私の大好きな故・中村富十郎さん(日舞の先生も【踊りの神様】と崇めております)も武智歌舞伎のご出身。
「芸のパトロン」とも言われ、家の財産すべてを日本の伝統芸能に注ぎ込んだその功績は本当に素晴らしいものだと思います。
詳しくはこちらをご覧ください、→【武智鉄二】
先日の庸子先生の舞台で演出に携われた作家の松井今朝子様も武智鉄二様のお弟子さんでした。
『師父の遺言』という著書の中で詳しく書かれています。
武智様のお話し、その著書について書き始めると大変なことになりますので止めておきますが、もし誰かに「今まで観た歌舞伎の中でどれが印象に残っていますか?」と聞かれれば、私は間違いなく武智鉄二演出、谷崎潤一郎原作の【恐怖時代】を挙げます。
昔、ブログにも書きました。
今朝子様の著書の中でも「武智氏の性癖が谷崎氏に似ているからでしょう」と書かれているように、武智氏は谷崎文学の映画化にも力を入れ(私、すべて持っておりますが・・・)、ことこの【恐怖時代】に於いては当時かなりやばい演出作品だったと推測されます。
あまりの血みどろ残酷さに、警察から演出を変えるようにと忠告があったぐらいそれはもう凄まじかったようで、一時は自粛したものの、原作者の谷崎氏が来場するということでまたもとの演出に戻したら、「うむ、私の描いていた通りだ」と谷崎氏を唸らせ感心させたぐらいのものですから(1950年)、昨年の納涼歌舞伎で観た【恐怖時代】はまだ手緩かったのではないかと思われます。
彼が演出を手がけていた当時、谷崎氏はこの戯曲のことを「台詞は変えても構わないけど、ト書きは自分でもよく書けていると思うので変えてほしくない」というようなことを言われてたそうで、原作を読むと確かに、昨年観た演出はト書きの表現と違う部分が多々あったので、当時(初演)のものを観てみたかった。。。
例に原作に書かれているト書きとは:
※一刀の下に眉間を割られたらしく、熱に溶けた飴のように顔の輪郭が悉く破壊されて
眼球と歯と舌だけがはっきり飛び出て居る。
や
※一生懸命に叫びながら逃げようとする途端に、後ろから脳天の骨を横に殺がれる。
髪の毛と頭蓋の生皮が剥ぎ落とされて、真赤な、むごたらしい坊主頭になる。
などなど、想像しただけで恐ろしくなる。。。
昭和52年だか、53年の時に1日だけ武智氏の古希祝いとして主役を中村歌右衛門氏が勤め再演されたらしいが、それにもかなり興味がある。
あぁ~観てみたかった!!!
あっ!私別に、血が好きだとか殺人願望があるわけではございませんのであしからずm(__)m
しかし最近、同氏の【秘密】という短編小説をテーマに映像作家さんたちと実験的に作品を作っていて、このところ【恐怖時代】のことは忘れておりましたが、再びいろいろ探していたらなんとこの【恐怖時代】が映画化されていたことを知った。
早速購入して観ましたが、谷崎氏の言う「ト書きが上手く書けた」という観念があったため、ちょっと物足りなかった。。。
印象に残ったのは若かれし頃の田村正和の美男ぶりだけで・・・
しかし、演出・脚本はその時代によって、そして演出家の感性によって変わるのは当然。
だからこそ原作を読んで、その時代を熟考し、また次世代で脚色されたものの時代背景なども考えてみるべきなのでしょう。
「原作と違う」と頭ごなしに否定するのは非常に危険なことのような気がする今日この頃。
原作通り忠実に演出すれば良いかと云えば、そうでもありません。
いずれにせよ、一つの作品を作るためにはいろいろ研究するべきで。
しかし私はこの、読む、調べる、熟考する、少しでも気になったら徹底的に追求してみるという作業が大好きです。
ここに時間を掛ければかけるほど、実践に入る時にいろいろなアイデアが生まれてくる。
但し、これが本番ギリになって肝心の踊りの稽古が足りなくなるのがたまに傷・・・
はい!頑張りますm(__)m
来年の夏あたり、【納涼フラメンコ】としてスタジオコンサートで恐怖時代に挑戦してみようかな
あはは
あっ!その前に来月の【Secreto/秘密】を勤めあげなければ。。。



