家の玄関に掛けてある六代目・尾上菊五郎の写真![]()
宣材用に撮影されたスタジオ写真でしょうが、この衣装&ポーズは【京鹿子娘道成寺】ですね
ご存知ない方もいらっしゃると思いますので追記しておきますが、この方は歌舞伎界では【踊りの神様】または【舞台の神様】と言われた方です
初来日したジャン・コクトーまでが六代目の【鏡獅子】を見て「神様」と言われたぐらいですから、これはもう日本の伝統文化だけではなく、世界で共有すべき財産だったのではないのでしょうか
あまりにも有名な彼の辞世の句:
まだ足りぬ 踊り踊りて あの世まで
のお言葉は芸の道に生きる邦人にとっての神のお言葉ではないでしょうか
様々な芸名の存在する歌舞伎界の中でも【六代目】と言うだけで【尾上菊五郎】と通ずるのも彼だけでしょうし、【神様】と呼ばれるだけの存在をニアミスで見られなかったのが悔しいのでございます
しかし時々考えることは、この【神様】と呼ばれるのは、何も生まれた時からではなかたということで。
例え梨園に生まれ、幼少の時に初舞台を踏み、確かに他の子供とは違った要素を持っていたにせよ、そこで歌舞伎の神様とは言われまい。
その後、本格的に歌舞伎役者として舞台に立たれるよになり、その当時より上手であったのであろう
だが、その時点でも【神様】的な存在ではなかったと思います。
さすれば、その【神様】と言われ始めるようなポイントがあったに相違ないですし、またそれは彼の【芸】に対する真剣さが当然のことながら伴っていたのでしょう。
とある本で読んだところ六代目は、1か月の歌舞伎の興行中(25日間)、その日のVTRを見ながら朝の5時まで自分の演技に対するダメだししていたそうである。
またとある本では、自分で舞踊の稽古をする時は浴衣もつけず、褌一丁で【娘道成寺】の全段を欠かさず踊っていらっしゃったそうです。
私もそれ肖り、サポーター一枚で踊る自分の姿を撮影し、それにダメだしをしながら自分の振付を考えたりもします
何故なら、舞台に立つと例えどんな豪華な衣装をまとっていたとしても、結局は裸の自分しか見えないからです
しかしながら綺麗なお衣装、またそれも舞台では大切な要素ですよね![]()
義太夫節の元祖の秘伝【浄瑠璃秘曲抄】の中にこのようなお言葉がございます:
裏表の物真似有り
表とは技を真似る
裏とは心を真似る
ゑしやく有べし
技も心も、【表】【裏】と書かれていてもけっして浅い意味ではなし![]()
いずれにせよ、真似が出来なようで師弟関係は生まれないのであろう
最後にもう一度、六代目の辞世の句:
まだ足りぬ 踊り踊りて あの世まで
と復唱しますが、実はこの句には続きがございます
まだ足りぬ 踊り踊りて あの世まで
あの世にても 練習 練習

