こういう方も多いのかも知れませんが、私の場合、昔の情景のその瞬間を鼻で思い出すことが多い。


ただし、その時の香りと同じ香りがしたのでその時のことを思い出すというのではなく、全く関係ない時にふと鼻の奥にその香りが戻ってきて、その時の風景を思い出すことがあります。


そういう時、その香りは首筋まで香ってくるような気がします。


また同様に懐かしい音楽を聴いた時も、情景より先に鼻の奥にその時の香りが現れてきます。


香水などの人工的なものから、木や水や風、山や海などの自然の香りまでいろいろと。



先日、道を歩いていてその症状が出てきた。


何がきっかけでそういうことになるのか不明ですが、あの時の木の香りだった。


そしてその後に、黒と白と木色の造形が浮かんでくる。


私は祖父母のもとで小学校低学年時代を過ごしました。


山口県の岩国市。


今はどうなのか知りませんが、音楽の授業というのは1年生、2年生は教室で担任の先生がオルガンを弾きその伴奏で歌ったりしていましたが、3年生から音楽室で音楽の先生に習うことができる。


バッハ、ハイドン、モーツァルトの肖像画が掛けてある音楽室って懐かしいです。


その音楽室デビューをした時でした。


音楽の先生が自己紹介がてらグランドピアノでベートーベンの【エリーゼのために】を弾いてくれた。


これに大変なショックを受けたのです。


グランドピアノの周りに皆を集めて弾いてくれたのですが、そうれはもう大変な衝撃でした。


今でもあの情景が鮮明に蘇ってきます。


といっても正確に言うと、上下する黒と白の鍵盤と先生の指先、それからピアノの胴体部分のペダルによって上下する物体の映像のみですが。


そしてその時のピアノの木の香りが、映像よりも強烈に未だに蘇ります。


さあ、大変だったのはそれから。


毎日どころの騒ぎではなく、毎休み時間の度に音楽室を訪問して先生に何度も弾いていただきました。


今思うと、本当にしつこい生徒で先生には疎まれていたと思いますが、それでも親切に付き合って下さった先生には本当に感謝ございます。


どのくらいの期間だったのでしょう。

いや、若い柔軟な脳だったのでさほど時間を要さなかったのかもしれません。

その先生の抑える指の位置を覚えて、つっかえながらでも一応弾けるようになった。


その後に楽譜を祖母に頼みこんで買ってもらった。


その楽譜(全音ピース)を初めて手にした時の嬉しさ。

これも今書きながら、その時の香りが鼻の奥にしています。


『この指の位置は、こういう風に楽譜に書かれるんだ!!』

とここで初めてピアノ譜の読み方を覚えた。


それからエリーゼが入っているレコードも買ってもらい、そこに入っていた【乙女の祈り】や【トルコ行進曲】も楽譜を買ってもらい弾くようになる。


その後も自分が弾きたい曲を選び練習したが、何せ独学の為、確かショパンの【幻想即興曲】だったと思うが、ダブルシャープの記号にえらく戸惑った覚えもあります。


もちろん、クラシックの世界でこのような勉強の仕方は通用するはずもなく、演奏は酷いものだったと思います。

現に同学年でしっかりとピアノ教室に通われていた女の子が私が必死こいて弾いている曲を難なく披露した時には愕然としました。


本当は音楽高校に進みたかったのですが、両親に反対されたこと、また中学の音楽の先生にも無理だと言われて諦める程度ですから、ピアノで生きていこうと思う決心までは無かったのでしょう。


今になって時々感じるのは、もしかしたら鮮明に残っている映像、黒鍵と白鍵の上下運動、同時に指の動き、それらのリズミカルなものに惚れたのかもしれません。


大学2年生の時、同学年の油絵科の男友人が「フラメンコのサークルを見学したいんだけど、女ばっかりで恥ずかしいから。。。付き合ってくれない?」と言われ、そのサークルを見学していた時、部長さんが「貴方も見てるだけならやってみたら?」と言われ、ちょうどウェスタンブーツも履いていたので、その時やっていたガロティンのエスコビージャを見様見真似で踏んだ。


ああ、、、これが私の人生2度目の衝撃だった。


見ているだけではさほど興味なかったが、生まれて初めてのサパテーアドに、これまた生まれて初めて【僕は生きているんだ!!】という実感があったのです。


それから2週間後には、その部長の企画したライブにガロティンでソロデビューをしているので、ピアノの件と言いい見様見真似だけは、生まれ持った才能なのかもしれません。


但し、その時の踊りはとても人様には見せられません。

数年後、本格的に修行を始めた時、同生徒だった女の子が凄く落ち込んでいたので、「皆、下手くそから始まるんだよ!これ、僕のデビューガロティンだよ!超下手くそだから見て笑って元気出してよ!」とそのビデオを渡したことを未だに後悔している。。。

そのビデオを見た女の子は本当にあきれた様子で「ありがとう、元気出たよ。。。」と他の言葉も見つからないようで、申し訳なさそうに返してもらって以来、そのビデオは本当の意味でお蔵入りになっている。


あのビデオ、今見たらどう思うのでしょうか。


やはり怖くて見れませぬな。。。


あれから20年。


ようやっと人様からチケットを買っていただきお見せできる踊りがちょっとだけ出来るようになったのも、いろいろな人のお陰であり、そして踊りを始めた時は大ゲンカした両親。今では最高の理解者であり、ファンでいてくれて、彼らなしではあり得ない私の存在。


これに早く報いられるよう頑張らなくてはいけません!!


もしかしたら、こういうことに気づきなさいよ!と守護霊様が思い出させてくれたのかもしれません。