先日ご紹介した本(「密息で身体が変わる」)からのつながりで現在、武道家さんが書かれた本を読んでおります得意げ


とても面白く、そしてためになることが沢山書かれており、大変重宝しておりますニコニコ


その中で、とても興味深く、そして舞踊の稽古にも役立つことが書かれておりましたのでご紹介をばキスマーク


春之付″録″-batr


武道のお稽古では(全部ではないと思いますが)、しばしば師匠と弟子が「呼吸合わせ」というものをするらしい。

その内容は詳しく記載されておりませんが、多分、同じ呼吸法で同じリズムで暫くの間、呼吸をして、それこそ「息を合わせる」稽古をされるのだと思います。


この訓練方が脳科学的に意味するところは【他者の体感との同調と、私自身の他者化】だそうでして・・・


ううぅぅ。。。なんだか難しいですねあせる


つまり、 「何か」が動くのを見て、見ている人間の脳の中では必ずその動作に関わる神経細胞が活性化され、これをミラーニューロンというそうです音譜


例えば、人がボートを漕いでいるのを見ているだけで、「ボートを漕ぐ」ために必要な筋肉や骨格を働かせる神経細胞が点火する。

いわば、他人の身体に入り込んで、それを内側から想像的に生きるようにするのがミラーニューロンの機能であるそうです音譜


「ミラー」とは鏡のことですが、人はしばし鏡の中の(自分の)動きを見ていると、見ている人間のミラーニューロンが点火し、鏡の中に入り込んで、それを想像的に生きるようになる。

鏡の中の像(自分)は、実は自分の外部にあるものだから、本当であればそれに一体感を感じる(つまり、鏡に映る姿が自分であるということ)はあり得ないのだが、自分の外部にある像と自己同一化することで、「私の権能の熟成」を前倒しで手に入れることができるのだそうだラブラブ


以前より、クラスにおいて、鏡で自分ばかり見る人を叱ったことが何度もございますプンプン

舞踊的に他の理由もございますが、上記の理由でも納得でき、間違えてなかったなと思いますにひひ


つまり、踊りの稽古で「鏡を見過ぎる」または「誤った見方をする」ということは、本当は自分の身体ではないのに、想像的体感があまりに自身の現実の体感と一致するので、想像なんだか現実なんだか分からなくなってくるというマイナス点が生じるのでございます汗 ああ、難し。。。しょぼん


話を武道の稽古(本の内容)にもどしましてビックリマーク


武術の稽古における、師匠と弟子の関係は、この鏡像段階を強化したものを考えられるそうです得意げ


師の動きは弟子の動きよりはるかに雄渾で流麗であるが、弟子はそれをトレースしているうちに、師の姿のうちに自分の「おのれ自身の熟成を先取り」するようになる。

それは強烈な全能感を弟子にもたらす。

師という他者のうちにおのれの自己同一性を仮託するのである。

だから、師匠が「ハック」とくしゃみをしかけたら、弟子の方が「ション」と引き取るという同一化が起きるのだそうです叫び


あはは音譜 面白いですよねにひひ