またもやご無沙汰です、うさ子です
棗の一周忌までに棗の生きた証を残したいと意気込んだものの…何度も何度も書こうとして、当時の記録(ノート)を読んでも頭の中が真っ白になる、というか…混乱してしまい、何処から書けば良いのか分からなくなってしまいます。だから、なかなかな前に進めず、もやもやしています。
それでも
棗の一周忌は8月15日。終戦記念日であり、お盆の最終日が棗の命日。今年は初盆です。最近は、初めて迎えるお盆に向けて、勉強し、必要な品々を準備しているところです。子ども達
もナッツと渚が帰ってくると楽しみにしています。
目標だった命日までに間に合わないし、時系列もめちゃくちゃだけれど…伝えられることから伝えていこうと決めたので、お付き合い頂けると嬉しいです。
さて、
慣れないハリネズミである棗の立場に立って、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)生活の質・針生の質を第一に考え、【棗にとってのハリネズミらしい生活と幸福を第一に】今の自分達に何ができて、何をしなければならないのか…その中でも唯一、ナッツのQOLを無視することを分かった上で、棗が私たち達の元を去る前に一つだけ叶えたいこと…
棗の体調が良い時(元気な内)に一人ずつ、棗と一緒に記念写真(もしくは動画)を撮りたい。
という希望を実行した話です。
棗と最後に撮った各々の2ショットとカメ吉が好きなナッツの写真・私が好きなナッツの写真を飾りました。
エキゾチックアニマル動物病院にて、5回目の全身麻酔を使用した検査から帰ってきた棗は数日、小屋から引きこもって出てきませんでした。
今までは翌朝には小屋から出てきたのですが…今回の検査内容が多く、長時間に及びました。歳のせいもあるのか…病院が大嫌いな棗は精神的ダメージが大きい検査だったようで、棗の心身が落ち着き、検査前と同じ生活に戻るのを待ちました。
慣れないハリネズミ棗にとって、ストレスにならないように、週に一度の体重測定の日に撮影することにしました。
※体重測定に関しては元々〝慣れないハリネズミ〟にストレスを与えない為に我が家は週一でした。このルールは【終活】でも変更しませんでした。
2020年7月18日(土)560g
まず、カメ吉から撮り始めました。
普段は手袋をした状態で棗を触るカメ吉ですが…この日は外していますね
ストレスにならないように撮影は短時間勝負なので、慌ててしまってグローブを忘れたのか…はたまた、一緒に撮影する最後の機会だからグローブを外して撮ったのか…もう覚えていません。
カメ吉に当時の気持ちを聞いてみたところ、「これが最期の記念撮影かと思うと悲しい気持ちになった」「でも、まだ細胞の検査結果が出ていなかったから希望も持っていた」とのことでした。
しかし
2020年7月21日(火)
棗の主治医から「細胞が脆くて腫瘍かどうか判断できなかった」「細胞の再検査」「六度目の全身麻酔」といった緊急連絡が入りました。
2020年7月25日(土)
551g(−9g)
次は私が一緒に撮りました。
本当に…本当に、思い出せないくらい久しぶりに棗と2ショットの写真を撮りました。
そういえば
ぴよ子とピヨ吉がお腹の中にいた時、お腹の上に乗せて〝マタニティフォト〟もどきをした時、ナッツは凄く嫌がって、私の大きなお腹を串刺しに…フシュフシュフシュフシュ怒っていました。
出産後、私の自己満足の為にナッツの気持ちを無視した撮影だったと猛省する記事を書いたことを思い出します
できるだけ棗のストレスにならないように棗の小屋に敷いているタオルで棗を包んで、数枚だけ撮りました。ナッツはフシュフシュ怒っていただろうか…今や記憶が曖昧ですが、〝マタニティフォト〟もどきの時は、まさに針千本モードで妊婦の腹を刺しまくる元気があったんだな(笑うところ)…とwww
今から思えば〝それ〟は、とても幸福なことだったのだと…何故、人は失ってから気づくのでしょうか。
当日の私の感情は、ナッツと2ショットを撮った後に行くことになっていた、予想外の【六度目の全身麻酔】による【細胞の再検査】について、ナッツに対して「短期間に二度も心身に負担をかけて申し訳ない」だとか…罪悪感や心配・不安といった気持ちが強かったように思います。
2020年8月2日(日)
544g(−7g)
2021年8月1日、梅雨が明けました
梅雨明け…しかし、山田家には主治医から【悪性肉腫(サルコーマ)】という予想通りの悲報が届きました。
覚悟していたこと、むしろ、確信していたことでした。
梅雨は明けて、見上げる空は、こんなにも青くて…晴れているのに。
棗には時間がない
そう感じた山田夫妻は、翌日、ティッピーと棗の次男&三男ショットを撮りました。
「お加減いかがだじょ、兄上」
おぅ!心配すんな!
ティッピーは番長である兄を最期まで超えることはできませんでした(苦笑)末期癌だとしても番長は番長らしく、渚
に代わり、山田家の兄として漢らしい姿をティッピーに見せ、バトンを渡したように見えました。
これからは、おめぇが妹弟を守れ
2020年8月3日(月)
最後は…ぴよ子とピヨ吉。
今までは〝週に一度の体重測定の日〟と決めていた記念撮影。しかし、一昨日の悲報(悪性肉腫)や棗に残された時間・当日の気候を考慮して、ティッピーとナッツの撮影日の翌日(夜)に撮影することにしました。
なぜなら、この「最後の記念撮影」の一番の目的は【棗と子ども達の写真を残すこと】だったからです。
順番を最後にしたこと…単純に撮影する際に棗の心身の負担が一番大きいのではないかと思ったからです。
今まで、一年に一度だけ棗と双子を会わせて来ました。それは慣れないハリネズミ棗にとって〝赤ちゃん〟という存在が大きなストレスになるのではないかという心配から、親の判断による方針でした。※棗をエキゾチックアニマル動物病院に緊急で連れて行く時等は例外。
それから
親が制御できた0歳・一歳の時に棗と会った時の反応とは違い、様々なことに興味を持って危険な行動が増えた二歳の双子が棗に対して、どのような反応を示すのか…不安だったから順番を最後にしました。
さあ
気候良し
棗の体調も良し
※食欲や排泄排便・ホイールを回す時間・暗視カメラで観察してから判断していました。
ぴよ子とピヨ吉には、棗に会わせる前に「お約束」をしました。
①棗を驚かせるような奇声を挙げない
②棗には触らない
③棗を優しく見守ること
④棗は二人の兄であること
守れないとは分かっていましたが(苦笑)本人たちは「良い子のお返事」をしたところで、
いざ
番長の登場です
何故だろう…どことなく「スターウォーズ」のダースベイダーのBGMが聞こえて来るような堂々たる番長の登場に
きゃーーーー♡♡♡
いきなり「お約束①」を破る双子(泣)
何度か会った筈ですが…少々怖がるような様子もありました。だけど、とても興味津々で滲み出る興奮が抑えられない…といった様子でした。
ぶっちゃけ
番長の方が肝がすわっていましたね!!
「ナッツ君かわいい♡」という奇声から人間の言葉に進化した辺りで、棗を退場させました。
本当に不思議なことですが…棗は双子に対して多少フシュッと鼻を鳴らしても、本気で針を立てたことは生涯一度もありませんでした。
その夜、双子が「ナッツ君」を明確に認識した日になりました。
今日からお盆ですね。
雨の中の迎え火となりそうです
今頃、胡瓜の馬に乗って棗と渚が我が家に向かっている頃でしょうか。
子ども達は、棗と渚が帰って来ることを凄く楽しみにしていて(一週間前辺りから)ピヨ吉は今朝、自分で棗の仏壇に行き、お参りをしていました。
てっきり棗の部屋で悪戯をしているのだろうと決め付けて、怒ろうとした矢先にち〜ん⭐︎という音の後に「なむなむ…早く帰ってきてね、ギュッてしてあげるね」と言っていて…吃驚・反省しました。
棗が亡くなった時、まだ「ハリネズミ」と言えませんでした。三歳になった双子は「ハリネズミ」と言えるようになり、一年前より強く棗に対して愛する気持ちを持つようになりました。
私は棗が四歳の壁を越えた時、五歳の壁を超えることは簡単ではないと分かっていましたが…心残りがあるとすれば、双子に「棗お兄ちゃん」との思い出を残してあげたかった。どうか子ども達が棗を認識し、記憶に残るくらい成長するまで…棗に頑張って欲しいと願っていました。
山田家みんなの心の中に棗との思い出が残りました。







