自分は上の子で下に弟がいた。
父母とも九州生まれで何かにつけ弟優先だった。
母が人づきあいが苦手で親戚とも疎遠で、親族が住む地域から離れて暮らしており、物心ついた時には父は母に家庭を任せきり、母は家事と弟の育児で手一杯でほっておかれ、お金がかかることは弟優先だった。
だから上娘が生まれた時、
上の子だから我慢させたり放置しない。
って決めていた。
結果下息子が生まれる前に上娘中心の生活になり、気がつけば下息子を育てるにあたっては、上娘と同じ労力を注げるほどの余裕はナッシングだった。
しかも下息子が保育園に通う頃、旦那が忙しい部署に変わってしまいワンオペ育児に突入、小学校中学年になると子供が小さいから置いて貰っていた自宅に近い事業所から異動、通勤距離がべらぼうに長くなり、おまけに乳がんの手術で下息子を省みる余裕は…。
で、中学受験全滅。
ワンチャンまぐれ合格していたなら、慌てて勉強が遅れないように頑張るとこだけど、次の受験までやや時間もあり、あまり早いうちから追い込んで高校受験間際で燃え尽きても困るし。
面倒見てやれなかったのは勉強だけじゃない。
生活態度も…。
下息子が中学受験を本気にやる気になったころ、上娘も自分の夢のためにちゃんと大学に行くと決意し、小学校以来上娘の全てだった習い事を高2で辞める決意をし、習い事で過ごしていた休日は家にいるようになった。下息子はパパの伴走もあり大学受験ばりに勉強しており、上娘は一緒に遊びありくくらいならこれまでの勉強の遅れをぜひ取り戻して欲しかったし、私1人で遊びに行くのも憚られた。
PTA広報とかプレゼンの準備もあったし。
手術直後、経過は至って良かったし、手術で切った部分の検査をするまでは転移の可能性もあったけど結果転移もなかったのだが、通勤距離が長いのも災いし、
私、このまま仕事をしながら家事をするのは無理なんじゃないだろうか?
という状況だった。仕事も年齢とともに責任がましていた。
が、体力は2年3年たちようやく手術前に近い状態になった。
手術以来
休日はゆっくりさせてください。
ご飯の準備も簡単にしてください。
みたいな状況だった。
子供達は勉強、それでも休日1人で出歩くほど元気もないし、受験勉強自体は負け癖ついてる私が関わるとろくなことなさそうなので、子供達が頑張れるように昼ご飯夕ご飯を体を考えて作るようになった。
手作りとか野菜魚の料理は手間と時間がかかるの。
で、上娘はそのまま受験体制だけど下息子はこの半年ほどガツガツする必要もなく、
まず生活力つけてもらいましょ!
ってことでこれから土日は下息子と一緒に夕食を作ることにする。
家事はやるけど馬車馬みたいに夫を働かせるやな女と一緒になるくらいなら、
なんでも妻にやらせて偉そうにしてるやな男にならないように。
病気が発覚して場合によって寿命が短くなるかもというとき、上娘はなんとか自力で衣食は維持できるだろうと思ったけど、上娘に下息子の母親がわりはさせたくない。
そして下息子を自分の身の回りのことが満足にできない状態でこの世を去るかもしれないことが何より辛かった。
病気はほぼ治ったも同然だけど、自分が思っているほど頑丈で長生きできそうではないということを自覚した。ノーストレスで生活する選択も難しいし…。
とりあえず、全てやるってわけじゃないけれど、万が一の場合は
食事は作れる
洗濯はできる
掃除もできる
ようにしたい。
とりあえず春休みは食事と洗濯。
あと自分の食べたあとの食器を流しに出すのとゴミはゴミ箱へ。
それがきちんとできれば、中受全滅の原因の一つである彼の弱点も解消できるのではないかと思う。
嵐さんも関ジャニさんもどうなっちゃうかわかんないのでやんわりと母ブログを目指してみたりして…。
でもレコメンでの様子とか、しむどうの浪江の犬保護施設で、飼い主お迎え前に寿命がきてしまった動物達の遺骨の前でさっとキャップを取って手を合わせた相葉ちゃんに癒されている。
そういう心根の優しい人になってほしい。
でも、上娘の時はそれほど感じなかったし、それは別の話と思ったけど、下息子の受験を通しては、むしろ自分のことしか考えないくらいの方がお勉強ができるのかもと感じた。
イヤイヤ、いい学校に行くとかそういう事じゃない。彼がありのままで幸せになれる生き方を探してあげないと、えっ、それって瘋癲?イヤイヤもっと厳しくしないと…の無限ループ。