今日でミカエルリャブコ師が亡くなられて3年が経ちました。


以下の文章はシステマのトレーニング・教授法を書いた「システママニュアル」https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/B07FY9N6V2/ref=tmm_kin_swatch_0
を手掛けたコンスタンチン・コマロフ氏によるメッセージです。
「科学的な理解はできなくても、パン(結果)は焼ける」という比喩で、「理論は分からなくても、正しく機能する練習体系(レシピ)さえ残せれば、システマは存続できる」というシステマを学ぶ人にとって取り組み方の指針を与えるようなメッセージとなっています。

ミハイル・ワシリエヴィチ・リャブコという卓越した達人であり、素晴らしい人物が私たちの元を去ってから、早いもので3年が経ちました。私は自らを彼の門下生であると考えており、彼の思い出を形にするために自分ができる限りの貢献をすることが義務であると感じています。では、人にとって最高の供養(思い出)とは何でしょうか?それは、その人の遺志を継ぎ、活動を続けていくことです。

ミハイル・ワシリエヴィチは、自らの道である「システマ」に全人生を捧げました。彼はその道を極め、晩年の彼の仕事(ワーク)は、もはや私には「見えない」レベルにまで達していました。結果は見え、感じることもできましたが、ワークそのものはもはや見えなかったのです。それは熟練の技の向こう側に隠れてしまいました。

彼のワークを理解したと言うことは、嘘をつくことになります。私には推測や仮説、独自の解釈、そして自分自身の探求と発見による結果はあります。しかし、ミハイル・ワシリエヴィチのワークの本質的な理解には至っていません。そして、それを完全に理解している人を私は他に一人も知りません。ですが、それは決して恐ろしいことではありません。私たちは小麦がどうやって育つのかを完全には理解していません。知識や科学的研究、数千年の観察記録はありますが、完全な理解には及んでいません。それでも私たちは自然の奇跡を享受し、穂を育て、穀物を収穫し、パンを焼きます。何かが分かっていないということを気に留めることもありません。
システマにおいても同様です。私たちは理解しないまま、その恩恵を享受しています。踏み固められた硬い道が、次第に目立たない小道へと変わり、霧が濃くなっていくような道を進んでいます。それでも、足元に踏み固められた地面があることを喜びながら歩んでいます。そもそも「道」とは二つの要素から成ります。道が導く「結果」と、その道を進むための「方法」です。
ミハイル・ワシリエヴィチが示した「結果」は明白です。それは多くの人々の記憶と感覚に刻み込まれています。しかし、道を進むための方法、つまり「教授法(メソッド)」には問題があります。ミハイル・ワシリエヴィチ自身による、システマの体系的な教授法というものは遺されませんでした。少なくとも、私はそれを完全な形で見たことはありません。彼は膨大な資料を遺しました。ワークの例、エクササイズ、方法論的なヒント、思想、アイデア、観察、助言などです。しかし、統一された教授法は存在しません。そのため、今日この問題については、多くの異なる解釈や見解、アプローチが存在し、共通の理解が得られていないのです。
しかし、ミハイル・ワシリエヴィチには彼なりの教授法が確かにあったはずです!なぜなら、教授法があって初めて弟子を育てることができるからです。そして、彼が直接育てた本物の弟子たちは現に存在します。その数は多くはありませんが、確かにいます。彼らの熟練度は、私にとって畏敬と深い尊敬の対象です。彼ら一人ひとりと話す際、私はいつも「彼はどのように教えたのか」を理解しようと努めてきました。しかし、皆から返ってくる答えは、驚くほどバラバラでした。ウラジーミル・ヴァシリエフ、ヴァレンティン・タラノフ、セルゲイ・クラフチュクらからは、かつてトヴェリで行われていたミハイル・ワシリエヴィチ独自のメソッドによるグループレッスンの話を聞きました。しかし、残念ながら私はそのようなレッスンに立ち会うことはできませんでした。私に与えられたのは、鮮烈なデモンストレーション、体や精神の歪みを正すためにたまに触れられる手、個別のエクササイズ、助言、そしてシステマの重要な概念のメタファーとしての思い出話やアネクドート(逸話)だけでした。

これらの素材を考察し、実践したことに基づいて、私はかつて『システマの教授法(Методика Системы)』という本を書き、学習メソッドの初期段階を構築しようと試みました。ミハイル・ワシリエヴィチの感想によれば、私はいくつかの点で核心を突いていたようです。しかし、それはシステマの教授法という巨大な建物の土台に置かれた、ほんの小さなレンガの一つに過ぎませんでした。

今日、私は霧が深まり、「道」が細く曲がりくねった小道へと変わっていくのを感じています。達人が築き上げた偉大な財産が、考察されず、一般化されず、多くの人が理解できる具体的な行動の言葉に翻訳されないまま、一滴一滴と失われ、忘却の彼方へと消えていくのを目の当たりにしています。それは私にとって悲しいことです……。
私に何ができるでしょうか?
自分の力と理解の及ぶ範囲で、ミハイル・ワシリエヴィチ・リャブコのシステマについて人々に語り、自分が理解したことを教えていくこと。
「課題に合わせて(под задачу)」動くこと(ミハイル・ワシリエヴィチがよく使った表現です)。つまり、システマのアプローチを用いて、発生する課題や要求を解決していくこと。
自分が覚えていること、今日システム的なワークの中で見えていることや理解していることを記録し、レッスンの経験から得られたものを共有していくこと。もしかしたら、私の記録が、システマを習得し、教え、広めようとする誰かの助けになるかもしれません。

偉大なる達人であり、素晴らしい人物であったミハイル・ワシリエヴィチに、心からの追悼を捧げます。