桜の信州4城めぐりの二日目
2025年4月6日(日)
どんよりとした曇り空のなか上田駅前のホテルから出発すると直ぐに到着
上田城だけガイドさんが説明してくれました
上田城より抜粋
1583年(天正11)千曲川の分流である尼ヶ淵にの河岸段丘上に真田昌幸が築いた城。
城は1585年(天正13)徳川軍約7,000を迎撃し、撃退に成功。
さらに、1,600年(慶長5)関ヶ原に向かう家康の三男秀忠率いる東軍38,000を3,500の兵力で迎え撃ち、秀忠軍を関ヶ原の天下分け目の決戦に遅れさせている。
関ヶ原以降、徳川氏を悩ませた上田城は徹底的に破壊されたが、1622年(元和8)真田信之が松代藩へ移り、小諸藩から移った仙石忠政が埋められていた堀を掘り返すなどして再建に着手するが、ほどなく忠政が死去したため中断された。
その後松平(藤井)忠周が入り幕末まで7代続いた。廃藩置県後、西櫓を残して城は解体・売却されたが、市民の力で南櫓と北櫓を買い戻し、1994年には、南櫓と北櫓の間をつなぐ東虎口櫓門と両脇の塀が復元された。
一日目の高遠城と松本城の桜は蕾でしたが上田城の枝垂れ桜は満開
元は線路で電車が走っていた道をテクテク歩いて

やっとこさ桜に会えました(^_^)

二の丸橋を渡って東虎口櫓門 へ

真田一族の名城は桜の名所でも有ります

南櫓

東虎口櫓門

枝垂れ桜が見事です🌸

真田石

真田神社の鳥居


真田信繁(幸村)公大兜
六文銭の前立(まえだて)
脇立に大きな鹿の角

真田神社御由来より抜粋
上田城本丸跡に鎮座する当社は、真田氏、仙石氏、松平氏という歴代の上田城主を御祭神としています
しかし、もともとは松平家の御先祖をお祀りする御宮であり、松平(しょうへい)神社と称していました

青年真田幸村(信繁)公之像
奥が西櫓

真田神社の後は、上田市立博物館を見学して小諸城に向います
