感動のエジプトナイル川クルーズ6日目 ルクソール神殿 | 関西おいしいもの食べ歩き

関西おいしいもの食べ歩き

関西の美味しいお店を食べ歩いて紹介していきます。
大阪梅田を中心にランチグルメからB 級グルメ、ラーメン、つけ麺、うどんからお寿司、焼き肉など美味しい情報を発信していきます。
神戸や京都も興味津々なので色々教えて下さいね。お取り寄せもチャレンジしてみます。

ルクソール神殿はカルナック神殿同様にアメン神を祀るもので、オベトの祭礼を行うために造られたものです。オベトの祭というのは、毎年、ナイルの増水期に行われるアメン神と妻ムト女神の結婚の祭礼
聖なる船にアメン神像を載せ、10日間に渡ってお祭りをしたのだそうです。
ラムセス2世の座像
ルクソール神殿正面の入口両脇には巨大な大理石坐像と左側に高さ25mの巨大なオベリスクがある。右側のオベリスクはムハンマド・アリ(1769~1849)が1833年にフランス国王ルイ・フィリップに贈ってしまい、今は片方しか見ることができない。現在はパリのコンコルド広場に立っている。ヨーロッパ各地にはエジプトから持ち出されたオベリスクがたっている。 

エジプトにオペリスク45本あったが現在では7本しか残っていない

1805年、トルコのスルタンによりエジプト総督に任命されたムハンマド・アリは、マムルーク族を虐殺、排除し、エジプトの近代化を推し進めようとしていた。フランス人、イギリス人、ドイツ人や自称技術者たちがアリに群がっていた。アリはエジプトの近代化と産業振興のため、ヨーロッパからの機械や技術を導入する必要があった。しかし、その代償としてヨーロッパ人に遺跡の発掘権と持ち出しを認めざるを得なかった。後進国エジプトの悲しい現実があった。
 その後、オスマン・トルコからの支配から脱しようとしたが、1854年のスエズ運河の建設にからんで、イギリスに支配権をにぎられてしまい、以降、植民地状態が続くことになる。(「古代エジプト探検史」創元社より)
エジプトが独立を果たすのは、1954年ナセルの共和国宣言によってである。
この四角いところが入り口で、発掘されるまで入り口下部が地面で埋まってました

ラムセス2世の中庭に、15世紀に造られたアブ・エル・ハッジャージモスク
今も使われてるそうです
エジプトは宗教に対して寛容であることを美徳としておりエジプトのイスラム教は、エジプト的キリスト教のコプト教や古代エジプトの神々に対しても、寛容であるらしい
ツタンカーメン王夫妻像
大列柱
高さは17m、柱の形は開花式パピルス柱
富と権力が有り余ってたのか、中庭には円柱と石像が交互に立てられてます
列柱室
こちらの柱は、パピルスを8本束ねた姿を表したもの
壁には、多くのレリーフ残されています
ラメセス2世だけでなく、愛妃ネフェルタリなども彫られています
勃起した生殖器を持つ姿で描かれるアメン神やお祭りのレリーフなど
青空のそびえ立つ大列柱廊は素晴らしい
スフィンクスの参道
両サイドにスフィンクスが並んだ参道で2.5km北のカルナック神殿まで繋がっていた光景を復元中でした
6日目は世界遺産ルクソールの歴史に触れる素晴らしい体験が出来ました
クルーズ船に戻って船内で夕食です
夕食後にはベリーダンスショーが開催されました
クルーズ船はルクソールに停泊
7日目は、早朝に下船して国内線でルクソールからカイロへひとっ飛び
世界遺産カイロ市内観光
ハンハリーリバザール
モハメッドアリモスクが最後の観光になります

18時40分発カイロ発ドバイ経由で関空へ帰路につきます