やおいの日に記事書くぞって言ってからもう何年経つんだろう…そう思ってやおい系の過去記事を探ってみたりなどした。2019年が最後だけれど、それにしてももうここ数年これ系の記事を更新していない。
これには深い訳があるのだが、そう、思わせぶりな感じにしておいてその訳は書かないでおく。←
【閲覧注意】
着物を愛する同士の皆様、ご来訪いただきましてありがとうございます。本日の記事はブログ主の愛するやおい界隈、また声優界隈についての記事となりまして、興味のない方も多いと存じます。ヲタクな話題にご興味のない方、地雷の方もおいでになると存じますので、なにとぞご了承の上読み進めて頂くか本日はこのままブラウザーを閉じて頂くことをお勧め致します。またのご来訪を心よりお待ち申し上げております。
今日のブログのタイトルである「おいで、やおいの森」について先に書いておくとしよう。
2017年、当時3DSで私が遊んでいた「とびだせ どうぶつの森」内でやおい案件が発生した。
この日の日時を見ても分かる通り2017年のやおいの日を迎えるタイミングで起きたことが分かる。
そして、昨年春から私がスイッチにおいて「あつまれ どうぶつの森」をプレイしていることはこのブログにご訪問くださる皆様にはご存じの方もいらっしゃると思うが、今年、まさにこのタイミングで起きた案件を紹介しつつ、2021年のやおいの日を、オリンピックイヤーのやおいの日として、記録と記憶に残るやおいの日とできるように、例年以上に力を注いで記事にしていきたい。
こういう思いを込めて今年のこのやおいの日を迎える記事のタイトルを「おいで」と、銘打ってみたのだが如何だろうか。---どうもこうもない、そんな声が聞こえるようである。
まずは準備体操…。
スイッチ「あつまれ どうぶつの森」で起きた案件について紹介する。
つい先日、ログインするとポストにお手紙が入っていた。島の住人からお手紙やギフトが入っていることはままあることで、この日もそのようなギフトが手紙付きで届いていた。
ご訪問ありがとうございます。
「いいね」やコメント、とても励まされています。いつもありがとうございます。
うっかり見逃してしまいそうになるが、この手紙には注目すべき点がいくつかある。
まず何よりも違和感を覚えるのは、この手紙の最後の一文、「キャ~!いっちゃった」の部分である。
そしてシグニチャーの部分、「ギャップにときめく」。
このふたつに気づくとこの手紙の色々な部分が違って見えてくる。まず、便箋。ハートにハートを重ねたピンク色の便箋と、そして、「アタイのとなりをあるくときに」の一文は、これはもう単に「隣を歩く」ことを意味している訳ではない、と気づく。
つまりこれはトラこからわたしへのラブレターなのだ。
「まいったな・・・」※1
そこでわたしは、この手紙はとりあえずくしゃりとポケットにしまう。そしてギフトについていたべっ甲のメガネをかけて島の見回りへと出かける。最近は青いバラを咲かせるべく、そしてまた島のスズランの数を増やすために金のジョウロをこれ見よがしに持つことが多い。それからもちろん漂流者がいないかどうか、偽物のアートを売りつけるヤカラがいないかどうか、島の平和を守るために今日も見回りをするわけだ。
(※1 : この註の部分にも言いたいことが山ほどあるのだけど別の記事にする)
おっと。
住宅街から丘へと続く坂道にトラこがいる。
わたしは何気ない感じで今日も元気?と声を掛ける。トラこは今日も「にゃは、ウルトラ!」といつもと変わらない。ところで、わが島の住人はみんな語尾が「ウルトラ!」になる。
別れ際、私は郵便受けに届いていた手紙について考える。トラこは、横目で私を見ながら坂の下へと下って行った。
そういうスタンスか。
わたしがさっそくかけたべっ甲のメガネについてはまるで気が付いていないかのようだった。
わたしは、トラこの前で眼鏡を取るべきだったのだろうか。
いや、まて、こたえる気があるならともかく・・・。
そこで私は、ふと最近再読した本を思い出す。だいぶ昔に購入した電子書籍だ。読む本がなくて「あぁ、こんな本買ったんだっけ」と再DLした。かわい有美子の「上海金魚」という本だ。
【閲覧注意】
えっと、だいぶ長くなると思うので時間のある時に読んでもらうといいかもしれないと思います。また、これより下は男同士の恋愛物語について書きます。
「上海金魚」という本は、やおい界きっての、グローバルかつハードボイルドな大人の純愛を描く巨匠かわい有美子先生の作品のひとつ。「上海金魚」は グローバル度 ★★★★☆、ハードボイルド度★☆☆☆☆、純愛度★★★★★ という感じの作品。
かわい先生の作品は、スパイが登場したり、官僚、弁護士、書士などのかための仕事についている大人の男性が多く登場し、ストーリー展開も面白く、グローバルな活躍の背景として描かれる景色も楽しめる、そして、なによりも、経験を重ねた男たちの恋愛観が普通に純粋で素敵、で、どの本もおすすめです。
「上海金魚」では、商社に勤める滝乃という男が取引先の家具輸入会社の伊藤という男と上海でばったり出くわします。伊藤は愛人だと思われる祐希という男性と一緒にいて勘のいい滝乃は伊藤と祐希の関係に気づくのですが、これが運命のめぐりあわせで、滝乃と上海に残された祐希のふたりが過ごす上海でのたった二日間、そして連絡をしない、とれないままの半年が過ぎてふたたび出会うまでが描かれています。
上海とその近郊のオリエンタルな雰囲気、祐希の素朴なのに色香のある、初心で魔性という矛盾した魅力、滝乃の男らしくそれでいて気遣いの細やかなエスコートぶりをぜひ堪能していただきたい一冊です。
この本の中で、祐希がふと「この人、眼鏡を取ったらどんなふうだろう」と滝乃を見て思うシーンがあります。このシーンこそが、祐希が滝乃への淡い恋心を見せた一瞬であり読者が祐希の背中を押す一瞬。
メガネって、やおいには欠かせないアイテムですよね。やおいにおけるメガネについての考察は、私自身もこのブログで熱く語ってきたわけだけれども、なんなら腐女子が語らない訳がないトピックなのでググったらすぐ熱い考察に出会えると思いますので是非、世界中の腐女子のメガネについての考察をね、研究してみよう!そうしよう!夏休みの研究、ありますもんね!
さて、そう。世の中に賢察は数あれども!それでも私がここに書くとしたら、はやり、眼鏡というのはその人自身、素顔をほんの少し隠している、強制的に「萌え」を作り出すアイテムなのだ、ということです。
そして、眼鏡で思い出すのは、もうね、BのLを語るときに私が語らない訳がないっていう鹿乃しうこ「Punch↑」ね。私もうこれ、「ぱんち」って打ったら矢印までが変換されるように辞書機能に入れてるんだけど、それはどうでもいい情報で 、そうそう、Punch↑(7) 発売だよ。←まわしもの。
そう、眼鏡で思い出すのは、Punch↑の攻めさん、牧 志青(まき もとはる)を思い出すんですけどね。鹿乃先生の作品だとちょっとやんちゃな男子が多かったりしてメガネをかけてるキャラって少ないと思う。牧は建築士でこの人のメガネっていうのは知性とか大人な雰囲気とかあとなんだろう本当の本当のところで本音が見えずらいところとかそういう牧のキャラクターの代弁者たる小道具なのかなっていう気がしてます。
これは、「Punch↑」のみならず、多くの作家さんの小説やコミックでももちろんそういう役割をメガネが果たしてるんだと信じてるんだけども。
で、Punch↑(3)だったかな、牧が涙をこぼすシーンがあってだね。これは、浩太が初恋で初めての相手である裕也さんに再会してしまって、浩太は裕也さんに対してはもう思いを残してはいないんだけども、牧は浩太と裕也の過去を引きずってしまうんだよね。浩太はまだ裕也を忘れられないでいるのではないかって思っている。それで、浩太が牧とちょっと言い争いをしてしまった翌日に牧は出張へ、そして浩太はよりによってここで裕也さんに復縁を迫られ、動揺してしまった浩太が牧に会いたくなって会いに行く。すると、牧は察するんだね、何かあったんだなって。察するんだけど、浩太をそのまま受け入れようとしながら「でも本当は浩太は…」って不安になってしまって涙をこぼしてしまう、というシーンなんですけどね。
わたし常々思っていることがあって、鹿乃さんってメガネっ子さんなのかもなあって。というのは、牧ってお風呂でもメガネをしてるんだけど、眼鏡の人って大体そうなんじゃないかと思うのね。そこを描けるのって鹿乃先生がメガネの人だからなのかなと勝手に思ってるんだけども、
そこはまあ閑話休題で
そう、牧はさ、お風呂でもプールでもメガネをしてて、その上記した涙をこぼすシーンというのは、ふたりの未来を語りながらお風呂に入った後、浩太をベッドに押し倒しながら涙をこぼしてしまうんだけども、ベッドに座って、眼鏡を取って、目を抑えるんだよね。
この一瞬てさ、牧の本当の姿なのよね。当たり前なんだけど。そしてもちろんメガネをして変態な牧も本当の牧なんだけど、大人であって、計算がうまくて、ちょっと小狡いとこもあってさ、でも、浩太が迷っているのかもしれないって思って受け止めきれなくなってしまう、涙がこぼれてしまって涙を抑えようとするそういう弱さを見せてしまった牧の姿がここにある。
このメガネの役割をね、じっと胸に抱く私がここにいる。
そして。
にわかに話は急回転して「上海金魚」に戻る。
祐希は「この人、眼鏡とったらどんなふうかな?」と滝乃を見て思った一瞬あとに、そういう自分に自己嫌悪を抱くのね。伊藤さんと別れるって決めたからってそんな風に思う自分はどうなんだ?と。この時点ではまだそれくらいの段階で、凝縮した上海での時間とともに二人の気持ちが少しずつ近づいていく、近づいていくけれども、お互いにこれ以上はどうしようと二の足を踏んでいる。
で、話は進行していって、滝乃が祐希の前で眼鏡を取った時、祐希が身じろいだ、という表現があるんだけども、この「身じろぐ」(実際は身じろいだという表現じゃなかったかもしれない。後ずさりした、とかだったかもしれない)というその小さな彼の動きだけで、滝乃さんのメガネを取った素顔を見た祐希の胸の内が透けて見えるようだと思いませんか。
このストーリー展開上、滝乃は祐希に対してごくビジネスライクに接する必要があって、でも、近づきたいという気持ちもあるから、そのバランスをすごく上手に取りながら彼に近づいていくんだけれども、ビジネスライクな滝乃っていうのは隙がなくて、たぶん隙があってもそれすら武器みたいになってて、だけど滝乃が眼鏡をとったとき、滝乃の祐希に対しての隙、熱情とか野性味のあるところとか、そういう部分が見えて、祐希は少したじろぐんだと思うんですよ。
実は「上海金魚」では、攻めさんだけじゃなくて受けさんもメガネなんだけども、眼鏡というのは、もうね、誰かがメガネをしてるっていうだけでドラマが生まれるんだなあと思うよね。
でね、「上海金魚」を読んだ私はその後すぐに同作者さんの「透過性恋愛装置」を再読のためにDL。実はね、「透過性恋愛装置」の方は私は先に購入してたはずで、どうしてかというと、この作品のCDは安元洋貴x鈴木達央で、安元さん好きな私に博多から例のアレが来た時に入れて頂いてですね、これ原作読みたいなあと思って購入したのね。思えば私の初めてのかわい有美子さん作品だったのかな。
それにしても、安元さん。
そう、もうほんとにねえ、安元さんがあの低音ボイスで穏やかなデキる男を演じていらっしゃるんですけど…
なにはともあれ、
「おいで」
って言いますね。
あと、
「まいったな・・・」
って言います。
でも、まぁ、まずはね、
「こっちへおいで」って。
メガネを外しながら。
いやぁ、安元さん、破壊力。「おいで」の破壊力。眼鏡をね、スチャって外したら、あれですよ、最近流行りのゲットワイルド退勤じゃないけど背後でどっか~ん!!!って爆発する。「and Ge' wild and tough! ひとぉりでは 」ってなる。
おいで、スチャッ(←メガネを取ったとこ)やおいの森
そう、ここが着地点。
やおい界の三段跳び。 ←むりやり
よし!
小奈津
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