幼い日、手をつないでくれた友達のおかあさんから移る化粧水の匂い。
祖母の家の玄関をくぐると他のどことも違う御線香の匂いがする。
はじめてのデートで彼が手すりを掴もうとして私のほうへ腕をのばしたときのシャツの腕のあたりの匂い。
雨の日にすれ違った名も知らぬ人のコロンが懐かしい人を思わせた瞬間。
「おかあさんも、おばあちゃんも、ばば(伯母さん)も、”エメラルド”を使ってたんだよ。」
だから、出かける日は家中が"エメラルド"の匂いだった、と夫は言う。
”エメラルド”というのは、整髪スプレーの名前だ。
中学生くらいだったろうか、私は使わなかったけれど、お洒落な友達はみんな前髪をカーラーで巻いて「ケープ」でセットしていた。高校、大学、少しお姉さんになってからは、ケープではなくてVO5だとか、他のスプレーがあることも知ったけれど、でもなぜなのか、私は、なんなく「ケープ」を、あの頃、胸の隅で憧れていた魔法のスプレーとして今も手に取ってしまう。
髪をまとめて耳からすっと毛筋を通すように櫛を入れたら、仕上げに「ケープ」をザアアアアアアとスプレーする。
無香料のやつが好き。
少し前に、ドラッグストアでケープを買おうとして種類がたくさんあるので迷っていた。すると、脇から手を伸ばしたおねえさんが、迷わずに2本持って行ったので、私はおばさん根性で
「すみません!!」
と声を掛けて
「それ、固まります?」
と尋ねたら、
「これ?これはがっちがちですね」
と教えてくれた。
それで、私はどうしようか迷っていたやつを手放して、そのおねえさんが持って行った2本を私も2本購入。
確かにガッチガチww
以来私のケープはこれに決まりました。
義母にもおすすめしてみたけれど、やっぱり髪結いさんで使っていた「エメラルド」以上のスプレーはないと信じてるみたいで、こればかりは自分の信じるところがあるものになるものよね、なんとなく納得。きっと娘は娘で、「おかあさんはケープを使ってたなぁ。私はギャッツビーだな」とか、お年頃になったら思うのかもしれないなあ。
私の「ケープ」は無香料だけれど、私が髪を結ってスプレーをした後に部屋に入ってくると娘は
「おかあさん、ケープしたでしょ?」
と、言う。
なにかスプレー独特の匂いがするのだろうから、娘にとってそれが記憶に残る「母のスプレー」の匂いとなるのでしょう。それから、おばあちゃんは「エメラルド」を使ってたなぁ、ってあの匂いを思い出すのかもしれない。
義母イコール「エメラルド」という訳ではないけれども、やはり私も、義母の着物姿とエメラルドは結びついているし、父が亡くなった時に喪服を着た義母の部屋でエメラルドの匂いがしたことを思い出す。父が好きだった義母の着物の姿。義母はきちんと髪を結って紋付を着て鼻水を垂らしながら腰ひもを締めていた。
華やかな着物を着た日も、喪の着物を着た日も、母の部屋から香ったエメラルドの匂いを、私もまた記憶の中の匂いという引き出しに入れているのだな、と思う。
小奈津
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