ファイナンシャルプランナーになるまでのストーリー⑰ | お金が苦手な女性のための“お金が増える習慣”

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お金が苦手な女性のための「60歳を過ぎても不安にならないお金が増えるマネープラン」を発信しています。

こんにちは、
お金が増える習慣プランナーの清です。



今日は、金融機関という安定した職業を辞めて
ファイナンシャルプランナーとして独立することを
決断させたあるキッカケについてお話ししますね。

きっと、会社や組織に不満を持っていて、
独立してやりがいのある仕事や好きな仕事をしたい!

と考えている方は多いのではないでしょうか。

もしかしたら、このブログを読んでいるあなたも
そんな思いを持っているかもしれませんね。


しかし、多くの人は
会社を辞めたい、独立したいとは思いながらも
それを実行せずにいるはずです。

私も独立を考え始めた頃は
漠然とした希望を持っていただけで
いつ辞めるとかどうやって仕事をしていくのか
具体的なことはあまり考えていませんでした。

きっと、不満を持ちながらも金融機関で働くという
現状維持を望んでいたのかもしれません。


しかし、ある出来事をキッカケに
「私の人生はこのままでいいのだろうか?」
と真剣に考えることになったのです。

今までこの出来事については
ブログではもちろん、このメルマガでも
お話ししたことはありません。

今回は初めて、お話ししますね。


実は私、金融機関で働いていた頃に
2度流産を経験しているんです。

私は3人姉弟だったので
私自身も子供は3人欲しいと漠然と思っていたんですね。

そしていざ、妊娠したときに
初期の段階でしたがダメになってしまったんです。

そうなるまでは知らなかったのですが、
最初の妊娠で初期流産してしまうことは
けっこうあることなんだそうです。

そうは言っても、ショックなものはショックなので
結構落ち込んでいました。


そしてその半年後に、もう一度妊娠したのですが
その時にも初期でダメになってしまったんですね。

さすがに2回連続でそういったことを経験してしまうと
私はこんな風に思い始めたんです。

「私は子供が出来ない体なのかもしれない。
 当たり前のように子供が出来ると思っていたけど、
 これから先は子供がいない人生を送ることになるのかも。」


この経験は、自分自身の人生について、
真剣に考えるキッカケだったんですね。

人生について考えるというよりは
人生の最後の時、つまり死ぬ時に
自分の人生に対してどんな思いになるのだろうと考えていたんです

金融機関で不満を持ちながら働き続けて、
安定はしていたけれど、子どもも出来なかったし
不満だらけの人生だったな。

と、死ぬ時に自分の人生を振り返るのか。


安定を捨てて金融機関を飛び出して
独立して色々な苦労はした。
 

子どもはいなかったけれども、自分のやりたい事をやれて
大変だったけど楽しい人生だったな。

と、死ぬ時に満足した気分で人生を振り返るのか。

どちらを選ぶのか、と考えたんです。

そこで、
「安定を捨てても、自分のやりたい事をやれて
 後悔のない人生だった!」
と振り返る道を選ぶことにしたんですね。


最近では関ジャニ∞の渋谷すばるさんが
脱退する記者会見を見て
その時の気持ちを思い出しました。

渋谷さんは会見で
「36歳ということで、人生あと半分と考えた。」
とおっしゃっていました。

残りの人生をどう生きていくのか。
それは今ある毎日の延長線上にあるのが幸せなのか。
それとも現状維持を止めて未知に向かって方向を変えるのか。

きっとそんな葛藤があり、
あれだけの大きな決断をしたのだと思います。


私にとって、2度の流産というのは辛い経験でしたが
きっと私自身の人生を真剣に考えるキッカケを与えるために
起こった出来事だったのだろうと思っています。

その出来事があり、決断をしたおかげで
今あなたにブログを通じてお届け出来ているので

私には後悔は少しもないんです!


さて、独立を決断する大きなキッカケについてお話ししましたが
FPになるまでのストーリーもそろそろ終わりが近づいてきました

いきなりFPとして起業をしたのではなく、
師匠とも呼べるある方にお会いしたことで
私の独立はさらに後押しされることとなります。

明日は、師匠との出会いについてお話ししますね!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。