…ドス、ドサッ、バタリ、バタリと大きな音が周囲から聞こえてくる。


何が起こったのかわからない恐怖が梓紗を竦み上らせる。

次の瞬間、ふわりと清廉な花のような香りに梓紗の鼻孔は擽ぐられ、サッと傍らに人が跪く気配を感じた。


「もう大丈夫だ。御安心めされよ。」


低く滑らかな声音は優しさを伴い、梓紗の耳にはっきりと響き渡る。

ふわりと上質な厚地の布が梓紗の身を守るように掛けられ、その落ち着いた声音と包まれる温もりに力を得た梓紗は瞑っていた目を見開く。


傍らに跪き梓紗の身を守るように気遣いながら見詰める瞳は淡い水色。さらりと流れ落ちるのは月明かりが煌めくような銀髪。素晴らしく整った面差しの見目麗しい騎士姿。

梓紗を守るように包む布からも目の前の美丈夫からも漂うのは清廉な花の香り。


「さぞや恐ろしかったでしょう。
よくぞ、おひとりで頑張られましたね。」


「……うっうう……ひっく、ひっく…」


安堵してしゃっくりあげる梓紗を労るように淡い水色の瞳の騎士は頷きながら優しい眼差しを向けてくる。

柔らかなあたたかい眼差しと梓紗を思い遣る言葉が梓紗の張り詰めていた心と身体から強張りを取り払っていく。

怖がらせないようにと気遣われながら厚いマント越しに柔らかに肩を抱かれ、あたたかな温もりを清廉な香りの騎士に分けられた梓紗はようやく人ごこちつくように思う。

堪えていた恐怖を吐き出すように嗚咽する梓紗の背中をよくやった、というようにゆっくりとした間合いでトントンと騎士は触れてくれる。

背中をトントンと触れる手がまるで心音を刻むように心地よく、恐ろしい男達相手に怯むことなく睨み据えていた、ありったけの勇気を認めてくれたように感じられ、優しい心配りと頼れる懐深さが有難くも嬉しくて…梓紗は年甲斐もなく大泣きしてしまった。


「私は王国近衛騎士団団長
カイル・ゴルドーニ。

我らマルガリード王国近衛騎士団が
来たからには御安心ください。」


梓紗は低く滑らかな声音の中に凛とした力強さを感じ、王国近衛騎士団という聞き慣れないフレーズを耳にしながらも安心出来る人間が傍に居てくれることにホッと息を吐き出す。


「………ひっく…ありがとうございました、団長様。……涙が止まらなくて……お礼も満足に申し上げられなくて………ひっく…」


「怖い思いをしたのです。もっと泣いてもいいのですよ…我慢などなさらずに。」


清廉な香りの騎士団長カイルの向ける心のこもった優しさに梓紗の涙腺は大泣きしているにもかかわらず、決壊してしまう。


「………うっうう……ひっく…ひっく…」


「…私が触れていても怖くはありませんか?」


「………団長様のこと…こ、怖いなど……ありません!!……ひっく……泣いているのは…さっきのことが……怖かった…からです……ひっく……」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった梓紗の顔をカイルは懐から取り出した真っ白いハンカチでそっと拭いとる。


「……ハンカチが…汚れて…しまいます…。」


鼻水まで拭われたハンカチが恥ずかしい梓紗はカイルの手からハンカチを貰い受ける。

徐々に泣き止む梓紗の様子を窺い見るカイルの傍らには騎士団の面々が顔を覗かせていた。


「落ち着ける場所へとお連れ致しましょう。」


そう告げるとカイルは両の腕で梓紗を胸の上へと軽々と抱き上げて歩き出した。


梓紗は麗しい騎士の腕の中に居ると思うだけで今度は違う恥ずかしさが込み上げてくるようだった。つと目を上げれば淡い水色の瞳も凛々しい面差しが間近にある。

凛々しくも美しい面を目の当たりにしてしまい気恥ずかしくなった梓紗が思わず目線を逸らすと、見目麗しい騎士姿が数名と縛り上げれた薄汚れた男達の山が見えた。


見目麗しい騎士達の中から豊かな金髪とヘイゼルの瞳の一際華やかな美貌の騎士がカイルと梓紗の元へと近寄ってくる。


「ベルトラン、急ぎアーカンソー医師を呼んでくれ。捕縛した盗賊どもは連行するように指示を頼む。」


「了解。」


ベルトランと呼ばれた華やかな美貌の騎士とカイルの遣り取りは手短に終えられた。

そんなふたりを見遣っていた梓紗の視線が僅かの間ベルトランの視線と交錯した。

我知らず身構える梓紗に対してベルトランは心配要らない。大丈夫だ、と気持ちを落ち着かせるように目元と口許を緩めて頷いてみせる。


ーーさすが王国近衛騎士団というだけあって団長様に限らず、どなたも紳士なのね。あの、狂った男とは大違い…だわ。


つい先程の「お頭」と呼ばれていた盗賊を思い出してしまい、梓紗は思わず身震いしてしまう。

その身震いを見咎めたカイルは梓紗の身を包む厚手のマントを片手で首元まで引き上げると、しっかりと風を防ぐようにキュッと包んだ。




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銀色の髪をたなびかせ飛び上がったカイルの剣を持つ右手は目にも止まらぬ速さで男の後頭部を鞘で突き下ろすかと思えば、横に薙ぎ払うようにして隣の男を気絶させる。

突然の出来事に呆気に取られた男達は今度はカイルの繰り出す肘や、すらりと伸びた鍛え抜かれた長い脚に次々と薙ぎ倒されていく。


これはカイルが駆け上がり男達の輪の中へと飛び上がった際に巻き起こした一陣の風が強く吹き抜ける、僅かの間の出来事であった。

梓紗を取り囲んでいた男達はカイルによって一人残らず気絶させられてしまったのだから。


それもその筈なのだ。王国で一番の精鋭を誇る近衛騎士団の団長は王国一の強さといっても過言ではない。盗賊崩れなど例え束でかかって来ようが鞘から剣を抜くまでもない程なのである。


そんな団長の勇姿を目の当たりにしたロドルフォは感嘆の溜息をほおっとつくと、梓紗の周りで気絶して倒れてしまった盗賊の男達を手早く捕縛していくのだった。






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梓紗は眼前に広がる血の海と下卑た笑いを浮かべる薄汚れた姿の大きな男達に取り囲まれ、言い知れぬ恐怖に固まっていた。

血の海と死体の山を作り上げたのは、この薄汚れた男達で間違いない。人を殺めても血の海が広がっていようが平気なのだ。

そんな男達の行動は梓紗にしてみれば狂気の沙汰であり恐怖しか、ない。


血の臭いと男達の不衛生な悪臭に加え、先程から気持ち悪くて仕方ないのはーー下卑た笑いと舐めるような視線だ。

自分に向かって注がれる度、まるで穢されたような気持ちになってしまう。

女を眼前にし卑猥な笑いをあげる男達の目的はひとつだ。梓紗は声を上げたいのだけれど恐怖から喉に張り付いた声は言葉の形をなしてはくれない。

焦りを覚えながらも何とか歯を食いしばり勇気を奮い起こそうと目の前の肉欲に溢れた欲望を隠そうともしない男達を梓紗はキッと睨み据えた。

目に力を込めると、目の奥から熱い涙が込み上げてきて溢れ出そうになる。けれど、泣いては男達をますます喜ばせるだけだろう。喜ばせてなるものか、と梓紗は歯を食いしばり唇をキツく噛む。

あまりにもキツく噛んだ為か口の中にじわりと鉄の味が苦く広がり、その苦さと眼前の恐怖に梓紗は顔を歪めてしまう。


「顰めた顔も可愛いな。」


男達から「お頭」と呼ばれている一際大きな体の男が梓紗へと煤けたような手を伸ばしてくる。


「………来なぃ…でっ!!………」


やっと出た声は頼りなくも地に落ちていく。梓紗の頬を熱い涙が伝い、唇には血が滲む。


「おいおい…姫さん、そんな顔して見せたら
止まらなくなっちまうだろうがよ。」


涙が頬を伝い、血が滲むほど唇を歯で食いしばりながらも涙目で睨み据える女の顔を見て、止どまるどころか、煽るな、などと言うなんて…

目の前の「お頭」と呼ばれている、この男は狂っているとしか思えないーー


梓紗は両手で自分の身をぎゅっと抱きすくめ固く膝を閉じ身を硬らせる。


「今から気持ちよくしてやるから、な。」


土なのか汚れなのか分からない薄汚れた男の指先が梓紗の身体に伸びてくる。


「………ぃや…ぁっ!!!!!!………」


声を張りたいのに思うようにならない。まるで悪夢を見ていて目覚めてはくれない時のように口を開けども思うように声は出てこない。


こんな狂った男の思う通りにされるなど許してたまるか!という気持ちを込め男を睨み据える。


薄汚れた男の指先が身体に手を掛けたかと思われた瞬間、一陣の風が強く吹き上がり思わず梓紗は開いていた目を瞑った。

 

 

 


 



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