「………えっ!?えええええぇぇ!!!!…私が…『渡り人』様っっ!?!?」



「驚かれるのも御無理はないこと。ですが、これは紛れもない事実なのです。」


「でも…でも……!!」


「如何致しましたか?」



「……『渡り人』様とは、一体、何なんですか???……意味が…よく分からないんだもの〜〜〜!!!!」



「「「「「えええええ!!」」」」」


吉本新喜劇の一場面のように、居並ぶ見目麗しい騎士達がガクンッガクンッとずっこける。

美丈夫達が揃ってずっこけるという非常に珍しい場面を梓紗は目の当たりにしてしまい、ラッキーなんだかよく分からない。


気を取り直したカイルがコホンと咳払いをして注意を引く。


「大変失礼致しました。御説明を終えぬまま話を進めたことで困惑なさったことでしょう。申し訳ございません。」



ーーええ!説明が終わってなかったのか?!

どう考えても『渡り人』様に
夢中なあまり、だよな?

それほどまでに団長は……なのか???


騎士団の面々はこっそり目配せし頷き合う。


「お前達、何か問題があるのか?」


カイルは騎士団の面々に鋭い視線を向けるが、皆揃って斜め下を向いて目を伏せてしまった。



微妙な空気の漂う中、よく通る声が場に割って入ってくる。


「雰囲気がおかしいぞ?…… 私のいない間に、何があったんだ?……まさか、カイル…お前、手を出したのか!」


「な、何を馬鹿げたことを!!」


顔を紅らめてカイルはベルトランへ慌てたように否定の言葉を返す。


「けれど…カイル様子おかしかったよな?
いつもと違って妙じゃなかったか?

ーー特に『渡り人』様のこととなると!」


何故か、コクコクと頸を縦に振る騎士団の面々。


そんな様子を見ていた梓紗は訝しむ。


ーーえ?団長様はこの仕様が
通常運転じゃないのかしら……


疑問顔の梓紗を横に置いたまま、
話は進んでいく。


「何のことを言っている?ベルトラン。
私は至っていつも通りだぞ。」


「自覚が無いのなら気付かなくていい。
むしろ、そのままでいてくれ。」


ベルトランの脳裏に浮かんだのは、
イカツイ脳筋男の姿だった。


ーーカイルが盾になってくれるならば、私も安心出来る。あのイカツイ脳筋男は何をしでかしてくるか予測不可能だからな。


その頃、王都では将軍リオネルが
大きなクシャミを連発していたらしい…




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声を掛けたものの暫く無言の間が続き、溜息をついた後もどこか呆然としている梓紗が気になったカイルは言葉を重ねる。


「いかがされましたか、『渡り人』様。」


「……へっ!?」


聞き慣れぬ単語に妙に気の抜けた間抜けな声が梓紗の口から漏れ出た。


「マルガリード王国へいらして下さり心より歓迎致しております。

我が国建国以来、初の『渡り人』様にお目に掛かり護衛出来ることを一生の誉れに思います。」


梓紗の漆黒の瞳がカイルの淡い水色の瞳を見詰める。カイルの瞳はあくまでも真摯であり、先程からの対応と同じく礼儀正しいものだ。

王国近衛騎士団団長がふざけている可能性は限りなくゼロに近い、いや無い、とさえ断言できる、気持ちしかない。


「…あの『渡り人』様って…もしかして……いいえ、もしかしなくても…ですが……」


梓紗の漆黒の瞳が動揺を隠せず、視線が彷徨う。その彷徨う梓紗の視線をすくうようにカイルの淡い水色の瞳が強く捉えた。


「はい。貴女様こそ、我が国に幸福を齎す
とされる御方『渡り人』様にございます。」






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腰掛ける場所のある少し離れた家屋の軒先へ辿り着くと、カイルは跪いて梓紗をそっと腕から下ろした。


「こちらでお待ちになってください。
…寒くはありませんか?
掛けるものをお持ち致しましょう。」


「お気遣いありがとうございます。お借りしているマントのお陰でとても暖かく十分です。……それよりも独りはまだ怖くて………あのっ…一緒に居てくださいませんか?」


板の間に腰掛け、厚手のマントに首元まですっぽりと覆われていた体を縮こませるようにしながら梓紗はカイルを見上げた。

漆黒のまだ涙の膜の残った瞳で見上げられ、カイルは不思議な胸のざわめきを覚える。


淡い水色の瞳を伏せ、胸に広がる不思議なざわめきに耳を凝らすように意識を向けたが、直ぐに理由は掴めなかった。


「女性には優しく」という騎士の基本よりも、目の前にいる漆黒の瞳を慰めたい、癒したい、励ましたいという気持ちが、常のカイルでは考えられ無い強さで胸の内から湧き上がり、その思いのままに振る舞ってしまっていることにカイル自身まだ気付けないでいた。

ただ、夜空に浮かぶ漆黒の髪と真珠色の肌を纏う乙女の姿を見てから、昂ぶる気持ちが胸を幾度もつき上げていくことだけは自覚があったのだが。



ーーそれよりも、先ずはこの方の気持ちを
優先させるべきではないのか。


そうカイルは結論づけると、梓紗の傍らに跪き、柔らかな春の日向のようにあたたかな眼差しを向ける。


「怖い思いをされたのですから無理もありません。そこに思い至らず申し訳ない思いです。私が控えております故どうか御安心ください。

貴女は我が国にとって大事な御客人なのです。御遠慮めされるな。」


銀色の髪が風に靡き、淡い水色の瞳が月の明かりを受け瞬くかのように梓紗の目に映る。

心のこもった言葉とあたたかな眼差しを受けて梓紗は胸の奥に甘い痛みを感じてしまい、頬は熱を持ち始める。


ーー既にいい歳を迎えているというのに
何をときめいているのだ、私は。

…ああ……恥ずかしい。


団長様は清廉な花の香りを纏っておられるのも頷けるような、心根も清らかに麗しい有能な騎士様ですもの。

女性ならばときめくのは至極当たり前と思われるような御方が団長様なのよ!

恥ずかしがることはかえって不自然?いや…自然なのか???


ーー落ち着け!!私っ!!

一緒にいられると安心できるのは、決して変ではないはずよ。…ドキドキしてしまうけれど。


ちょっと待って!あまりにもドキドキするのは不整脈かしら???

いやいや……私だって、とうは立っているけれども乙女の端くれなのだから不整脈でなくてもドキドキくらいするわよ……ねえ…???

そうよ…それくらい許されるはずだわ!!


梓紗は熱を覚ますため努めて冷静を保とうと己を鼓舞しようとするが、あわあわと慌ててしまいそうになる。

そんな自分を諌めようと思うが上手くいかず、思い切って開き直ることに決めたのだった。


抱いてしまった気持ちの中に混じる甘やかな思いに気付かぬよう梓紗は無意識の内に蓋をしてしまう。

けれど、思いに蓋をしても甘やかな香りは蓋の隙間から漏れ出ていくことに梓紗は気付いていない。

目を背け蓋をしたことで、抱いてしまった思いをより強く意識することになってしまうのだが、恋愛経験値=年齢未満、底辺の梓紗には理解することさえも難しい。



「…はあ……」


溜息ひとつで心の中の葛藤にひと区切りをつけると、先程のカイルの言葉の中に聞き流してはならないフレーズがあったことに思い当たる。

確か…『我が国にとって大事な御客人』と団長様は私に向かって仰らなかった???

私は一般人オブ一般人といってもいいくらいなのよ……そりゃ、多少変わっているかもしれないけれども一般人の範疇を大きく超えたことは無いはず!

そんな私が『大事なお客人』って………一体、何!?





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