学生の実家に遊びに行ったついでに?レンガットの高校を訪問してきました。



はるかのインドネシアンな日々

職員室の様子。


はるかのインドネシアンな日々

教員にも制服があるのはこの学校の特徴です。すごく厚手でした。



はるかのインドネシアンな日々

1,2年生が週に1回日本語の授業を受けているそうです。

この日も200人くらいの学生がホールに集まってくれました。

(しあわせなら手をたたこうを歌っています。)



はるかのインドネシアンな日々

学生が歌ってくれたのは自作の日本語の歌!

日本語の先生と、芸術担当の先生が協力して、歌づくりの授業をしたんだって。

いいアイディアですよね~



この高校はわたしの学生の母校ということで、今回一緒に訪問してくれました。

おかげで、質疑応答の時間はしっかりと通訳してくれました。助かった(‐^▽^‐)

それでも、高校生たちは直接わたしと話したいらしく、どんどん英語で話しかけてきました。

がんばれ、わたし。Y(>_<、)Y




はるかのインドネシアンな日々
(広報部の学生からインタビューを受けています。)



インドネシアで、たくさんの高校生が日本語を勉強しているのは事実です。

でも、日本や日本文化に興味を持ってくれて・・・というのは建前で。

教育カリキュラムに日本語が含まれているから、なんです。

高校の先生方は大変苦労されています。

高校生たちは、「何のために日本語をべんきょうしなければならないのか。」という疑問を持っており、

なかなかモチベーションが上がらない、とのこと。



そりゃそうだ。



外国人の往来がほとんどないこの地域で、

日本語の教科書も先生しか持っていない(しかも2,3冊)、教具もCDもDVDもないこの学校で、

先生がどんなにがんばっても、モチベーションはすぐには上がらないでしょう。



学生からの質問には、浴衣や茶道などの日本文化についての質問はほとんどありませんでした。


インドネシアにどんな印象を持ったか。

インドネシアで生活して不便だと思ったことは何か。

インドネシアでどの都市がいちばん好きか。(行ってみたいか。)

インドネシア料理の中でいちばん好きな料理は何か。

など。


外国人から見た自分の国、を知りたかったんだよね、きっと。



先日、プカンバルの高校を訪問した際、日本語科の学生たちがみんな英語で話していて、

なんだかなーと正直思いました。

でも、考えてみると、プカンバルに「欧米人」はほとんどいないし、学生たちが勉強した英語を使って外国人とコミュニケーションを図るのも初めての体験だったんだよね。日本語云々よりも、そっちの方が大切なことだよね。

言語はただのツール。



何のために日本語を勉強するのか、という問いに対して、わたしもうまく答えられる自信がありません。

ただ、世界が近くなってきているということに気付いてもらえたらいいなぁと思うだけです。

インドネシア料理を何かひとつマスターして、帰国したい!


そこで、日本にもある材料で手軽に作れる料理を、学生のお母さんに教えてもらいました。



bakwan(バッワン)

インドネシアのかき揚げ。おやつの定番です。



はるかのインドネシアンな日々

材料は、小麦粉、水、キャベツ、ネギ、(野菜はお好みで)、卵、鶏ガラスープの素、味の素。

お好み焼きの材料とほとんど同じですね~



はるかのインドネシアンな日々

まぜまぜ~



はるかのインドネシアンな日々

それをお玉で掬って



はるかのインドネシアンな日々

揚げるだけ~(*^▽^*)



はるかのインドネシアンな日々

うん、これなら作れそう!



次にバッワンのお供のサンバルソース。



はるかのインドネシアンな日々

赤唐辛子(大量)とにんにく、砂糖。



はるかのインドネシアンな日々

擦ってー



はるかのインドネシアンな日々


擦ってー




はるかのインドネシアンな日々

水とシロップを入れて完成。



はるかのインドネシアンな日々

おいしすぎるので食べ過ぎ注意です。


先週末は学生の実家に遊びに行ってきやした。



リアウ州レンガット。プカンバルから車で3時間半くらいのところにある田舎町。



はるかのインドネシアンな日々


パームオイルの木がずらりと続きます。

さすがは天然資源豊富な町!リアウ。


はるかのインドネシアンな日々

癒されるなぁ~

プカンバルでは見られない光景です。

この木になっている実は、インドネシアの伝統衣装「バティック」の染料になるそうですよ。



学生の家から、レンガットの町の中心部に出るときは、、、


はるかのインドネシアンな日々

川を渡らなければなりません。



はるかのインドネシアンな日々

もちろんバイクも一緒に。

初めて乗ったフェリーだすー船


こうして渡った川の向こう先には、



はるかのインドネシアンな日々

湖と蓮の花。

中国で見た風景を思い出しました。



学生の話によると、レンガットに外国人が来たのは初めて、だそうで。

夜になると、うわさを聞きつけた近所の人たちが次々と・・・



はるかのインドネシアンな日々

「侍は今もいるのか」って聞かれましたよヘ(゚∀゚*)ノ


わたしが「外国人」だからではなくて、

この町では、よその者がやってくると、とりあえずその家に見に行く習慣があるそうです。

日本にもあった古き良き習慣がここにはまだ残っているようです。



インドネシアに来る前に、わたしが描いていた島の人の生活がここにはありました。


はるかのインドネシアンな日々
(学生の家族と。)